どんなに回数を重ねたって、時間をかけて関係を築いたって、雨さんの気が変わってしまえば意味がない。
そうなればそんな事実は、ナンセンスだ。
「ほら、写メ」
「石川先生のサイン……!私、実は――……」
そして恋は、人を動かす。
「あ、アキラくん!?」
咄嗟に降車ボタンを押し、雨さんの手を掴んでバスを降りた。唖然とする浩太郎の視線を振り切って。
そのまま何も言葉を発さず、感情が収まるまでひたすら歩く。
さっき、雨さんは。何を言おうとしたんだろう。
まさか、俺にしか打ち明けたことのない秘密を、初対面の浩太郎に話そうとした?好きな作家が被っただけで?
そう思っただけで無性に腹が立った。
サイン本の写メを見せる浩太郎に、秘密を話そうとしたかもしれない雨さんに。そして何より、この曖昧な関係を保ったままの自分に。
「あ、アキラくん……」
「……ごめん」
気が付けば見知らぬ河原に辿り着いていた。
雨さんの手をやるせなく離す。
強引にバスから降ろし、強引にここまで引っ張ってきてしまった。もしかしたら雨さんの手は赤くなっているかもしれない。それでも、止められないものがここにはあった。
ようやく、雨さんの方を振り向き顔を合わせた。
小雨はもうほとんど止んでいて、雨さんがあまり濡れていなかったことにまずは一安心。そんな雨さんは、訳が分からないといった表情で俺の様子を伺っているのが分かった。
仕方ない、俺が勝手に嫉妬心を燃やしてしまったのだから、雨さんには分からない。
「さっき、浩太郎に何を言おうとしてた?」
「え……?」
「『私、実は』って。何を、打ち明けようとした?」
「えっと、私……今度のサイン会に応募しようか悩んでるって、そう言おうとして……」
「え?サイン会……?」
「うん、割と近くの書店さんで開催されるから。……何かまずかった?」
なんだ、サイン会。
安堵感と羞恥心が同時にかつ瞬発的に沸き起こった。
秘密を話すわけではなかったのに、勝手に勘違いして、勝手に嫉妬した。そして強引に、ここまで連れてきてしまった。
雨さんに悪いことをしたし、浩太郎にも悪いことをした。
恋人なら笑いごとで済ませられるが、雨さんと俺は曖昧な、名前の付けられない関係だ。嫉妬なんて、する資格がない。
じゃあ、これから堂々と嫉妬できるような立場になれば、いいんじゃない?