「周りからの反対は勿論あったよ。だから、視野を広げるために文化・教養に進んだの。今の学科でも、司書さんとかになれるんだけどね」
「どうしても本に携わりたいんだね」
雨さんは言葉を大切にしている。それは読み書きどちらにおいてもだ。
好きなことを仕事に出来るのは幸せなことであり、同時にそれが叶うのは僅かだということも分かる。
「自己満足のために書き始めたはずだったのに、自分の言葉を誰かに認めてもらいたかった。何より、言葉を紡いで世界を作るのは楽しいの。それが認めてもらえるのが、私の何よりの幸せだから」
でも、雨さんは現実を選んだ。それでも完全に吹っ切ることなんて出来ないから、せめて本に携われる道を選んだ。
「言葉を紡ぐのは、趣味で続けようって思った。……だけど、私の中で本の読み書きは趣味以上のものなの。それからは離れられないの」
「……じゃあ、俺が雨さんの一番の読者になるよ」
「え?」
「俺は雨さんの言葉が好きだ、言葉の選び方が好きだ。だから、雨さんの紡ぐ物語を一番近くで読みたい。一番のファンでいたい」
雨さんの書くお話を読んだことがないけど、雨さんが探して悩んで紡いだ言葉の羅列を、気に入らないはずがない。
雨さんはいつだって不安や悩みを抱えている。そしてそれはきっと、しばらく手放す気はないだろう。
ならば、少しでも荷が軽くなるようにと、俺は雨さんの言葉をそっと掬おう。
一番のファンから、最初の差し入れとして、さっき選んだブライトグリーンのしおりを贈ろう。何があっても、いつでも雨さんの言葉を待っていますからと。
○
あの夜、雨さんは俺の言葉をどう解釈してくれただろうか。
言葉の話だったから 『ファン』という言葉を使ったが、雨さんには恋愛的な好意は持っていないと受け取られていたらどうしようか。
過ぎたことは仕方のないことだし、今更どうしようもない。
あと一歩、あと一歩の距離は、あの夜でまた離れてしまっていたら。それならば、また時間をかけて想いを募らせて、伝えていくしかない。
「おはよう、雨さん」
「おはよう、アキラくん。久しぶりの雨だね」
雨さんの言う通り、今日は久しぶりに朝から雨が降っていた。小雨程度だが、自転車通いの雨さんはバスを使うしかない。