夜の森は俺ですら怖さを感じる静けさと暗さが四方に広がっていた。電灯は規則的に並んでいるが、その光さえ頼りなさげに感じるほどだ。
雨さんの手を離さないよう、何度も確認のように手を強く握る。雨さんもさすがに少し怖いのか、口数はめっきり減った。
やっとの思いで上へ辿り着いた時、二人とも安堵感でそのままベンチになだれこんだ。
ベンチに座った高さからも、あの景色は見える。
左右の山から切り開くように見えるのは、ネオンの明滅する街。漆黒の夜を切り開くような、そんな光景にも見える。
「夜景も綺麗だね」
「そうだね」
今は、言葉は多くは要らなかった。
だって、どちらとも繋いだ手は離さなかった。上に辿り着いて、ベンチに隣同士腰掛けているのに、俺の左手と雨さんの右手は重なったまま。
雨さんの指は細い、掌は小さい。俺の手が雨さんの手を包み込むように、手は繋がれている。
「……味も素っ気もない文章だなって、自分では思うの。悪文だって」
いきなり雨さんは口を開き、突拍子もなく話を始めた。
「それに。言葉を疎かにする人、乱雑に扱う人は、苦手。そんな私は、面倒くさい人間だなって」
「……雨、さん」
「アキラくんには、私の書いた小説を見せたことはないけど。自分では自分の言葉も自分自身も、満足も納得も出来ないままだけど。それでも、アキラくんなら私の言葉を待ってくれるって、私自身を受け止めてくれるって、心の何処かで思ってしまうのは軽率かな」
雨さんはそう言って、夜空を仰いだ。
繋がれた手は、繋がれたまま。
雨さんは真っ直ぐだ。素直で純粋で真っ直ぐだから、だからこそ抱えているものもきっとあるんだろう。時折垣間見える弱さが、前から気になっていた。
もう、踏み込んでもいい頃合いなのだろうか。手を繋いでも離さないでいてくれるこの関係は、一歩先の心に踏み込める証なのだろうか。
「雨さん。本当は、人文学科に行きたかった?」
そう言うと、雨さんの横顔は少し揺れて見えた。瞳が遠くのネオンをゆらゆらと映し出す。
「本当は、言葉を紡ぐことを仕事にしたかった。作家になれるのは一握りだって分かっていたし、それに見合う才能が自分にはないことも分かっていたよ。でも、小さい頃から抱いていた夢は、完全に捨てきれることなんて出来なかった」
雨さんの瞳が更に光を揺らしているのは、見間違いだろうか。