「借りてた本、読み終えたよ。ありがとう」
「どうだった?素敵でしょ?」
「うん、背景描写が不思議というか幻想的というか。ファンタジーと錯覚するような純文学って感じだったよ」
「でしょ?この先生は本当に外れがないんだ」
「その作者さんって、男の人らしいね」
ここで、ありがたく浩太郎からもらった切り札を出す。
「えっそうなの!?」
「名前も女の人っぽいし、世界観も描写も女の人っぽいけど、実は男の人なんだって」
「知らなかった……悔しいけど、教えてもらって良かったなあ。そっか、展開が勢いあるなと思ったけど、男の人だったんだ」
雨さんはいつも以上に目を丸くしたし、知らなかったことがかなり悔しいみたいだ。どうやら切り札はうまく使えたようだ。
「そういえば雨さんって、好きな作家さんっているの?」
「うん、石川孝月さんが大好きなの。この人だけは、どの人の作品も及ばないって思う。私の大尊敬の作家さんだよ」
「もしかして『眠れぬクジラ』とか『光待つモーメント』とか書いてる人?」
「そう、その人!石川さんが出した作品は全て揃えたくらい」
石川孝月さん、か。覚えておこう。
雨さんに貸してもらうのもいいし、自分でこっそり読んで後で感想を伝えるのもいい。
雨さんが大尊敬する作家さん、というだけで格段に興味が来るから不思議だ。


 ○


数日後、俺は学校帰りに駅隣接の本屋に立ち寄った。勿論、雨さんの絶賛する『石川孝月』の本を手に入れるためだ。
知名度も高いだけあって、ある一角に石川さんのコーナーが出来ていたので、迷わず本を手にする。
表紙やあらすじからして何か惹かれるものがあるな。
そのままレジに向かう途中、しおりやブックカバーの売っているコーナーで思わず足を止めた。
何か、雨さんにプレゼントしようか。
ブックカバーはいつも同じものを使っているので愛着があるだろう。シンプルで綺麗なしおりを一つ手に取り、本と一緒に購入した。
用は済んだし、電車に乗って自宅に帰ろうと駅に向かう。しかし、小腹が空いて何か口に入れたい気もしてきた。そこで、本屋の入っているビル内で何かないかと館内案内を見ることにした。