「古い建物が多いね。私、この街をこうやってゆっくり歩いたのは初めてだよ」
「そうだね、俺もいつも車で通るだけだから」
このあたりは、梅雨の時期には沢山の鮮やかな紫陽花で道が華やぐことで有名らしい。残念ながら今はもう時期が終わってしまって見れない。真夏の炎天下では、名前の知らない可憐な花が誇らしげに咲いている。
「私、外の景色見るのが大好きなの」
「やっぱり。だから雨の日は透明のビニール傘使ってるの?」
「……え、何で分かったの?アキラくん、凄いね」
そう、雨さんは何の飾り気もないシンプルなビニール傘をいつも使っていた。
パステルカラーだったり花柄だったり、そういうデザインを好みそうな雨さんだから、何の変哲もないビニール傘なのが気になっていたのだ。
「透明なら、雨でも外の景色がちゃんと見えるから」
雨さんらしい考えだ。
「じゃあ、日傘もなるべく使わない?」
「んー、あまりにキツかったら使うけど、普段は日焼け止めと帽子で凌いでるよ」
雨さんはつばの広い帽子が似合いそうだ。
雨さんがぱあっと顔を明るくしたので、何かと顔をあげると、そこには白い家が一軒。ドアの前に立て看板があることから、ここが目的のお店だと分かった。
「ここ?」
「うん!良かった、空いてるみたい」
そのお店はカフェランチを提供するお店のようだ。
折角だから、とテラス席を案内してもらった。勿論、海の見える特等席だ。夏と言えど、心地よい風が吹き抜けて暑さはあまり感じられない。
早速、二人で季節限定のプレートランチを頼んだ。ご飯が出てくるまでの時間は勿論、本の話で持ち切りだ。
「この本は注目を浴びているだけあって、とっても面白いの!」
「この夏映画化するよね?」
「そうなの。一見、晦渋な文章なんだけど、情感の溢れるシーンも沢山あって、筆舌に尽くしがたいの。読んでみたらその魅力が分かるよ」
「じゃあ、雨さんが読み終わったら貸してくれると嬉しい。そこまで言うなら読んでみたいよ」
「勿論、次会う時までには読み終わるから」
雨さんは決してクールではないけれど、本の話をする時だけは雨さんの時間の流れはゆっくりとしている。少し、雨さんが凛として見える瞬間でもある。そして最後に必ず、無邪気に微笑む。