きっかけは至ってシンプルだった。
午前八時二分、バスターミナル四番、総和大学行き。
雨の日の朝だけ起こる、ちょっぴり嬉しい出来事。


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今日も、視界に捉える。
このバス停からは総和大学行きのバスしか出ておらず、一般客が利用することはあまりない。勿論、総和の学生で毎朝賑わっており、青春真っ盛りな学生がパンパンに詰まったバスにわざわざ乗りたがる一般客はいないだろう。
晴れの日は勿論のこと、朝から雨が降る日だといつも以上にバスは混雑さを増す。ただでさえ空気が薄いのに、そこに雨湿りが増すなんて、苦痛で仕方ない。
そう思った俺は、思い立ったが吉日、雨の日だけ普段より早いバスに乗ることにした。二十分時間を早くしただけで、余裕で席が取れるくらいに快適だった。
その二分発のバスに乗るために並んでいるバス停の列に、ある一人の女の子がいた。
その女の子は、いつも決まって前から二、三番目の一人席に腰掛ける。バスが発車するとそっと本を取り出し、バスの揺れに身を任せながら本を読み始める。
どうしてその女の子を覚えたかというと、単純に自分好みの容姿だったからだ。
月のように丸く孤を描いた瞳、薄ピンクに映る可愛らしい口、ダークブラウンに染まる緩いウェーブの髪。本を読むために瞳を伏せると、上に軽く跳ね上がっている長い睫毛がより強調される。服装も、いつも女の子らしい淡い色のものを身に纏っている。
清純な、理想の女の子だった。内面はどんな子なんだろう、いつも何の本を読んでいるんだろう、声は高いのかな。そんなことばかりが、雨の日のバスでは頭に浮かぶ。
その女の子については、同じ大学だということしか分からない。総合大学だからどの学部かすら見当がつかない。本ばかり読んでいるなら文系の学部に違いない、という予想はあるが確信はない。
彼女はバスから降りるとゆっくりとキャンパス内を歩くから、早足の俺はいつも追い抜いてしまうのだ。
俺は、外見が格好良いわけでもなければ取り柄もあまりない。短気で、そこそこ自己中で、性格がいいとは言えない。だから、どんなに気になっても自分から声をかけようという気にはなれなかった。
下手に近付いて嫌われるくらいなら、遠くから見ているだけでいい。
恋愛に対して奥手な俺は、いつもこうして小さな楽しみを噛みしめるだけだった。