楽し気なサックス、クラリネット、誰かの歌声が部屋から聞こえてくる。
ジャパニーズハロウィンパーティーが催されていた。
欧米の人からしたら、絶対違和感あるハロウィンパーティーだが、もはや、コスプレして騒ぐというのを受け入れてしまっているらしい。
比較的大きなこの部屋は、留学生たちが集まって、情報交換などするサークルの部室だ。
すでにケンタッキーやら、ピザ、餃子、クッキー、ポテトチップスなどお菓子が並べられ、10人ほどの学生が騒いでいた。
友達の少ない理太郎は、このような雰囲気の集まりは新入生歓迎会以来だった。
見るからに外国人っぽいアフリカ系の人、ブロンドのスラブ系の女性、同じアジアっぽい顔の子もいる。
そして、みんな一様になにかのコスプレをしている。
なかなかカオスだった。
「リーリー!遅いよー!」
理太郎とリーユーシェンが来たことに気づいた小柄な女の子が走ってきた。
青いワンピースに、白いエプロン。白と黒のボーダーのニーハイ。頭には黒い大きなリボン。アリスのコスプレだ。
頭は金髪で、目にはイエローっぽいカラコンが入っている。
金髪、この甘い高い声、理太郎は大学内で何度か見かけたのを覚えている。
ハロウィンじゃなくても、年がら年中変なカッコしてる子だ。
「すみません。二胡弾いてたら、時間忘れてました」
リーユーシェンがあははと笑った。
他の学生たちがワラワラとリーユーシェンの周りに集まってきた。
「リーユーシェン!いぇーい!」
謎のテンションでぽっちゃりした金髪の女性がお酒の入った紙コップを持ちながら、ぶつかってきた。
こっちの金髪は偽物ではなく、本物のブロンドのようだ。
「この子がウワサの相方?」
「はい。理太郎です」
金髪の女性が理太郎を見上げると1回頷いた。
なんだろうと思っていると、リーユーシェンが、その場にいる人を紹介し始めた。
「ウクライナからの留学生のクラーラさんです。お酒強いです」
「どーもぉ」
機嫌のよさそうな顔で、お辞儀をする。
黒い魔女のコスプレをしているが、ワンピースの袖から見える腕はムチムチだった。
「私、ぷりんだよ。リーリーと同じ音楽ビジネス科!」
アリス姿の女の子がふわふわと笑った。
「ぷりんさんには、本当にお世話になってます。英語が得意で、銀行とか役所とか行くとき、案内してもらって、丁寧に通訳してもらったり……」
リーユーシェンが仏でも拝むように、手を合わせた。
「あははー。お安いご用だよー」
「さぁ、乾杯しましょー!なんか持って!」
クラーラは、理太郎とリーユーシェンにスパークリングワインの入った紙コップをぐいっと押し付けた。
酒くさい匂いがクラーラから香る。
「クラーラ、すでに飲んでんじゃん」
「だって待てないんだもん」
ぷりんも紙コップを手にした。
他の学生たちも、紙コップ片手に集まり、机の回りが輪になった。
「じゃあ、クラーラの誕生日を祝って乾杯しまーす!」
「え?今日そういうパーティーなの?」
「違うやん。俺の虫歯が完治したお祝いやん!」
長身のアフリカ系の男子学生だ。似非関西弁のような喋り口でなんかいろいろ違和感ある。
ルパンのコスプレをしており、細い、ズボンのピタッとした脚がアニメそっくりだ。
「今日はハロウィンパーティーでしょ?」
「ハロウィンのとき乾杯って何イイマスカ?」
「何?」
ぷりんが理太郎の顔を見上げる。
「さぁ?」
「もう、なんでもいいよ!」
「かんぱーい!」
「「「かんぱーい!」」」
グダグダな感じで、紙コップを持った手が一つに集まった。
それからは、ガヤガヤとおしゃべりが始まった。
そして、いつも何か楽器の音がする。
テーブルの隣では、アフリカのルパンがサックスを吹いていた。
それに合わせ、クラーラが踊っている。
このカオスな感じが、意識高くない系音大生らしかった。
意識高い演奏家なら、コンクールに向けて練習しているだろうし、そもそも、こんな二流音楽大学に来ないだろう。
「赤ワインもあるよ。飲むー?」
ぷりんが1000円以下だと思われる安いワインの瓶の口を理太郎に傾けてきた。
「サンキュー」
差し出した紙コップに、とくとくとワインが注がれる。
「えっと、名前なんだっけ?伊藤くん?」
「福原だよ。一文字もかすってねーじゃん」
「あははっ」
「理太郎でいいよ」
「うん。下の名前は憶えてるよ。リーリーがよく話してるから」
「リーリーって上野動物園のパンダだろ。お前こそ、本名はなんだんだよ」
「え?ぷりんって本名じゃないんですか!?」
リーユーシェンが驚いた顔をする。
「本名だとしたら、かなりDQNネームだぞ」
「私、知ってるよ!」
遠くで踊っているクラーラの声が響く。よく通る声で、大して大声を出しているわけでもないのに、このうるさい空間ではっきり聞こえる。
「矢嶋てつ……」
「はい!ピザ食べる人!」
ぷりんが大声を出してそれを遮った。
「てつこか。それはちょっとダザいな」
「記憶しなくていいよ!」
ぷりんは、紙ざらに様々な種類のピザを乗せ、理太郎とリーユーシェンに差し出した。
お腹が減っていた理太郎は、さっそく1ピース掴むと頬張った。
「理太郎たちって、公園で二胡演奏してるんでしょ?」
「ん、あぁ。まだ、数回だけだけど」
「おもしろそうだよね!今度聞きに行きたい!なんで公園で演奏してるの?」
「んー……気持ちいいから?歩いてる人を立ち止まらせると、よし来た!って思う」
リーユーシェンが横から口を挟んだ。
「理太郎は演奏見に来てくれる女の子狙ってるからです」
「なんだ。モテたくてやってんの?」
「ちげーよ……」
図星だったのか、否定する声が小さい。
「で、あの子とは、進展したんですか?」
「とりあえず、LINEはゲットできたぜ」
「よかったですね」
「今度、私も聞きに行っていい?」
「おー」
ふと、テーブルを挟んだ向かいに、ぽつんと一人でワインを飲んでる女性が目についた。
オーディションのときにいた、バイオリニストの韓国人女性だ。
知り合いが少ない留学生に気を遣い、こういう機会があれば、誘っていたのだろうか。
机の向かいといっても、机が大きいため、おじゃべりする距離ではない。
みんなが騒いだりしている中で、一人真顔で場を持て余している姿は、近づきづらさを感じる。
ぷりんは話が一区切りつくと、自分の紙コップを持って、韓国人女性のところへ行き、なにか話始めた。
彼女はやっと少し表情が崩れる。
途切れ途切れで聞こえる声は、英語のようだった。
しばらく話していると、韓国人の女性はケースからバイオリンを取り出した。
ぷりんもギターを持つと、その場から離れ、何か弾き始めた。
「ぷりんちゃん、優しいよね」
近くにいた冴えない男子学生がぽつりとつぶやいた。
理太郎はこの男と、同じところ見てたのかと気づき、少し恥ずかしくなる。
「まぁ、そうだな」
なんと返していいかわからず、適当に返事をした。
「福原くん、こないだ村田先生のレッスンでまた怒らせたんでしょ?楽譜無視するって」
「なんで知ってんの?」
「同じクラスの子がしゃべってたの聞いたから」
「え?じゃあ、お前もピアノ専攻?」
「そうだよ。知らないの?今まで講義一緒のこと何度もあったのに」
「…………」
覚えていないということは、大した演奏するやつではないのだろう。
もともと他人に興味がなく、さらに男となっては、覚えてなくても無理はなかった。
「俺、斎藤和樹」
「うん、やっぱり、知らないわ」
「はぁー。福岡のコンクールで、3次予選まで残ったって、ちょっと有名になったんだけどな」
福岡のコンクールって、そんなすごい規模のコンクールだっけ?
なんか、こいつめんどくせーな。
理太郎は、「ふーん」と適当に返事をし、楽器を演奏してるメンバーを眺めた。
バイオリンの韓国人、たしかにうまい。
音一つ一つキレがよく、弓さばきが綺麗だった。
あと、腰使いがエロい。
ぷりんのギターは普通かな。
韓国人女性は演奏が終わると、さっさと楽器をしまい、帰ってしまった。
また、テーブルに戻ってきたぷりんに、リーユーシェンが話しかけた。
「ぷりんさんは、原宿育ちなんですか?」
「実は違うんだよ~。瀬戸内海のね、ちっちゃい島育ちなんだ。中学校、同学年私しかいなかったし、全校生徒5人だよ」
「ヤベー、くそ田舎じゃん」
「一番近いマック、車と船で2時間かかるもん。東京来て、ホント感動した。すぐコンサート行けたり、こうやって楽器の演奏生で聞ける機会たくさんあって、ホント楽しい!」
ぷりんはどことなく遠くを見るように、話しだした。
「私はね、普段、演奏や楽器が身近じゃない人に、音楽に触れる機会を作ってあげたいの」
「ホントにぷりんちゃんは優しいわー」
踊り疲れたのか、フラフラやってきたクラーラがぷりんを横から抱きしめた。
「クラーラも優しいよ」
ぷりんがクラーラの頭を撫でる。
ふっと一瞬、暗い目をしたのをリーユーシェンが気がついた。
クラーラは自分から話しはじめた。
「私の父はね、仕事関係で病んじゃったの。苦しい、辛いが口癖で、一日中ずっと言ってたわ。けれど、音楽を聞いているときだけは、気持ちが楽になるのか、落ち着いた顔をしているのよ。私は、音楽を勉強して、もっとお父さんを癒してあげれるようになりたいって思ってここに来たの」
「優しい」
ぷりんがもう一度、クラーラの頭を撫でた。
そのままぎゅーっと抱きしめ合う。
「ポゥ!」
隣でアフリカのルパンのマイケルジャクソンの踊りが始まった。
その光景に、テーブルに座っていた一同はぷっと噴出した。
「あいつは、闇は抱えてなさそうだな」
ルパンの格好したアフリカ人が、タンバリン片手にマイケルジャクソンを踊る光景はかなり面白い。
写真撮っちゃおーとぷりんはスマートフォンを向けた。
「けにやーん!こっち!」
ケニア出身で関西弁しゃべるからけにやんらしい。
ぷりんがやにやんに手を振ると、踊りながら近づいてきた。
「やだー!近づいてこないでー!写真だから」
「なんやなんや~」
「じゃ、あたしが動画撮ったげる」
クラーラもスマートフォンを取り出すと、カメラを向ける。
ぷにぷにの腕が、どーんと理太郎に当たった。
「おい、ちょっと狭い」
「ごめんねぇ。デブだから」
開き直った雰囲気が、おばさん感があった。
「困ったわ~。日本に来て、ごはんおいしすぎて、こんなんなっちゃったわ」
「女の子はぷにぷにしてるほうがちょうどいいよ」
ぼそっとサイトーがつぶやいた。
ぷりんが聞き返した。
「じゃあ、サイトーはクラーラがタイプなの?」
「え!え?」
ダッダーン!とドラムの音が聞こえてきた。
負けじと、ぷりんがサイトーの顔に詰め寄る。
「実は?」
「実は……」
「ぶっちゃけ?」
「ぶっちゃけ……」
机の下で脚がドラムのリズムに合わせ、動いてしまっている。
タララ……とサックスが鳴り始める。
ジャズの名曲『sing sing sing』
「ぶっちゃけ……」
やにやんのサックスがさらに、曲を盛り立てていく。
サイトーは、答えを言わず、演奏者不在のアップライトピアノに走っていくと、弾き始めた。
「あ、逃げた」
「なんだ、あいつ」
「私もー」
クラーラはそのやり取りに気づいてなかったのか、演奏の中に加わり、歌い出した。
「Sing sing sing sing!Ev'rybody start to sing」
よく響く、綺麗な声だ。
リーユーシェンもクスリと笑うと、自分の二胡をケースから取り出し、音楽に合わせ始めた。
理太郎は視界にクラシックギターが置いてあるのが見えた。
なんかやたらキラキラと光って見える気がする。
「このギター誰のだ?」
「私の」
ぷりんが答えた。
「ちょっと貸してくれ」
「理太郎、ギターも弾けるの!?」
「お遊び程度ならな」
理太郎は右手でギター、左手で椅子を持つと、セッション集団の中に入っていった。
イスを置き、座る。足を組み、ギターを乗せた。
数小節、音楽の集団とともにリズムを取ると、ジャンと音を鳴らし、仲間に入っていった。
ぷりんがセッションしている様子と、余っている楽器をくるりと見渡した。
「じゃぁ、あたしは、これ」
部屋の片隅で半分埃をかぶりそうになっていた黒いケースを手に取った。
中は金属の鍵盤楽器、グロッケンだ。
ドラム、サックス、ピアノ、ギター、グロッケン、二胡、クラーラの歌声の不思議なセッションがヒートアップしていく。
歌っていたクラーラがチラリと理太郎を見た。
ソロをくれるらしい。
理太郎は軽く頷く。
クラーラの歌とサックスの音が消え、ドラムの目立ちにくいバスドラムの低い音と、静かなピアノだけになる。
理太郎のソロが始まった。
ジャランと鳴ったかと思うと、クールなメロディーが理太郎の手によって奏でられた。
自分ですらその音色に聞き惚れていると、横からリーユーシェンにソロを取られた。
最初、ムッとした表情を見せるも、すぐに、すげーこの曲でそう弾くんだと心奪われる。
今までよく聞いた、古典的なメロディーとは違い、ジャズの雰囲気が出ている。
そうこうしているうちに、サイトーのピアノのソロが始まった。
それもまた、ドラムにソロを奪われ、また全員が音を奏で出した。
最後、全員でフィニッシュを決めると、それぞれが叫び出す。
「やべ、クソ楽しー!」
「やばーい!!」
「いぇーい!」
「サイコー!」
「今の動画撮っとけばよかったぁ」
「あっはっは」
みんな顔を見合せ、笑い合う。
音楽が好きなもの同士、最高にテンションの上がった時間を共有できた。
「よし!次!もう一曲行こうぜ!」
部屋の中でまだ楽器が鳴り出し、演奏が始まった。
ジャパニーズハロウィンパーティーが催されていた。
欧米の人からしたら、絶対違和感あるハロウィンパーティーだが、もはや、コスプレして騒ぐというのを受け入れてしまっているらしい。
比較的大きなこの部屋は、留学生たちが集まって、情報交換などするサークルの部室だ。
すでにケンタッキーやら、ピザ、餃子、クッキー、ポテトチップスなどお菓子が並べられ、10人ほどの学生が騒いでいた。
友達の少ない理太郎は、このような雰囲気の集まりは新入生歓迎会以来だった。
見るからに外国人っぽいアフリカ系の人、ブロンドのスラブ系の女性、同じアジアっぽい顔の子もいる。
そして、みんな一様になにかのコスプレをしている。
なかなかカオスだった。
「リーリー!遅いよー!」
理太郎とリーユーシェンが来たことに気づいた小柄な女の子が走ってきた。
青いワンピースに、白いエプロン。白と黒のボーダーのニーハイ。頭には黒い大きなリボン。アリスのコスプレだ。
頭は金髪で、目にはイエローっぽいカラコンが入っている。
金髪、この甘い高い声、理太郎は大学内で何度か見かけたのを覚えている。
ハロウィンじゃなくても、年がら年中変なカッコしてる子だ。
「すみません。二胡弾いてたら、時間忘れてました」
リーユーシェンがあははと笑った。
他の学生たちがワラワラとリーユーシェンの周りに集まってきた。
「リーユーシェン!いぇーい!」
謎のテンションでぽっちゃりした金髪の女性がお酒の入った紙コップを持ちながら、ぶつかってきた。
こっちの金髪は偽物ではなく、本物のブロンドのようだ。
「この子がウワサの相方?」
「はい。理太郎です」
金髪の女性が理太郎を見上げると1回頷いた。
なんだろうと思っていると、リーユーシェンが、その場にいる人を紹介し始めた。
「ウクライナからの留学生のクラーラさんです。お酒強いです」
「どーもぉ」
機嫌のよさそうな顔で、お辞儀をする。
黒い魔女のコスプレをしているが、ワンピースの袖から見える腕はムチムチだった。
「私、ぷりんだよ。リーリーと同じ音楽ビジネス科!」
アリス姿の女の子がふわふわと笑った。
「ぷりんさんには、本当にお世話になってます。英語が得意で、銀行とか役所とか行くとき、案内してもらって、丁寧に通訳してもらったり……」
リーユーシェンが仏でも拝むように、手を合わせた。
「あははー。お安いご用だよー」
「さぁ、乾杯しましょー!なんか持って!」
クラーラは、理太郎とリーユーシェンにスパークリングワインの入った紙コップをぐいっと押し付けた。
酒くさい匂いがクラーラから香る。
「クラーラ、すでに飲んでんじゃん」
「だって待てないんだもん」
ぷりんも紙コップを手にした。
他の学生たちも、紙コップ片手に集まり、机の回りが輪になった。
「じゃあ、クラーラの誕生日を祝って乾杯しまーす!」
「え?今日そういうパーティーなの?」
「違うやん。俺の虫歯が完治したお祝いやん!」
長身のアフリカ系の男子学生だ。似非関西弁のような喋り口でなんかいろいろ違和感ある。
ルパンのコスプレをしており、細い、ズボンのピタッとした脚がアニメそっくりだ。
「今日はハロウィンパーティーでしょ?」
「ハロウィンのとき乾杯って何イイマスカ?」
「何?」
ぷりんが理太郎の顔を見上げる。
「さぁ?」
「もう、なんでもいいよ!」
「かんぱーい!」
「「「かんぱーい!」」」
グダグダな感じで、紙コップを持った手が一つに集まった。
それからは、ガヤガヤとおしゃべりが始まった。
そして、いつも何か楽器の音がする。
テーブルの隣では、アフリカのルパンがサックスを吹いていた。
それに合わせ、クラーラが踊っている。
このカオスな感じが、意識高くない系音大生らしかった。
意識高い演奏家なら、コンクールに向けて練習しているだろうし、そもそも、こんな二流音楽大学に来ないだろう。
「赤ワインもあるよ。飲むー?」
ぷりんが1000円以下だと思われる安いワインの瓶の口を理太郎に傾けてきた。
「サンキュー」
差し出した紙コップに、とくとくとワインが注がれる。
「えっと、名前なんだっけ?伊藤くん?」
「福原だよ。一文字もかすってねーじゃん」
「あははっ」
「理太郎でいいよ」
「うん。下の名前は憶えてるよ。リーリーがよく話してるから」
「リーリーって上野動物園のパンダだろ。お前こそ、本名はなんだんだよ」
「え?ぷりんって本名じゃないんですか!?」
リーユーシェンが驚いた顔をする。
「本名だとしたら、かなりDQNネームだぞ」
「私、知ってるよ!」
遠くで踊っているクラーラの声が響く。よく通る声で、大して大声を出しているわけでもないのに、このうるさい空間ではっきり聞こえる。
「矢嶋てつ……」
「はい!ピザ食べる人!」
ぷりんが大声を出してそれを遮った。
「てつこか。それはちょっとダザいな」
「記憶しなくていいよ!」
ぷりんは、紙ざらに様々な種類のピザを乗せ、理太郎とリーユーシェンに差し出した。
お腹が減っていた理太郎は、さっそく1ピース掴むと頬張った。
「理太郎たちって、公園で二胡演奏してるんでしょ?」
「ん、あぁ。まだ、数回だけだけど」
「おもしろそうだよね!今度聞きに行きたい!なんで公園で演奏してるの?」
「んー……気持ちいいから?歩いてる人を立ち止まらせると、よし来た!って思う」
リーユーシェンが横から口を挟んだ。
「理太郎は演奏見に来てくれる女の子狙ってるからです」
「なんだ。モテたくてやってんの?」
「ちげーよ……」
図星だったのか、否定する声が小さい。
「で、あの子とは、進展したんですか?」
「とりあえず、LINEはゲットできたぜ」
「よかったですね」
「今度、私も聞きに行っていい?」
「おー」
ふと、テーブルを挟んだ向かいに、ぽつんと一人でワインを飲んでる女性が目についた。
オーディションのときにいた、バイオリニストの韓国人女性だ。
知り合いが少ない留学生に気を遣い、こういう機会があれば、誘っていたのだろうか。
机の向かいといっても、机が大きいため、おじゃべりする距離ではない。
みんなが騒いだりしている中で、一人真顔で場を持て余している姿は、近づきづらさを感じる。
ぷりんは話が一区切りつくと、自分の紙コップを持って、韓国人女性のところへ行き、なにか話始めた。
彼女はやっと少し表情が崩れる。
途切れ途切れで聞こえる声は、英語のようだった。
しばらく話していると、韓国人の女性はケースからバイオリンを取り出した。
ぷりんもギターを持つと、その場から離れ、何か弾き始めた。
「ぷりんちゃん、優しいよね」
近くにいた冴えない男子学生がぽつりとつぶやいた。
理太郎はこの男と、同じところ見てたのかと気づき、少し恥ずかしくなる。
「まぁ、そうだな」
なんと返していいかわからず、適当に返事をした。
「福原くん、こないだ村田先生のレッスンでまた怒らせたんでしょ?楽譜無視するって」
「なんで知ってんの?」
「同じクラスの子がしゃべってたの聞いたから」
「え?じゃあ、お前もピアノ専攻?」
「そうだよ。知らないの?今まで講義一緒のこと何度もあったのに」
「…………」
覚えていないということは、大した演奏するやつではないのだろう。
もともと他人に興味がなく、さらに男となっては、覚えてなくても無理はなかった。
「俺、斎藤和樹」
「うん、やっぱり、知らないわ」
「はぁー。福岡のコンクールで、3次予選まで残ったって、ちょっと有名になったんだけどな」
福岡のコンクールって、そんなすごい規模のコンクールだっけ?
なんか、こいつめんどくせーな。
理太郎は、「ふーん」と適当に返事をし、楽器を演奏してるメンバーを眺めた。
バイオリンの韓国人、たしかにうまい。
音一つ一つキレがよく、弓さばきが綺麗だった。
あと、腰使いがエロい。
ぷりんのギターは普通かな。
韓国人女性は演奏が終わると、さっさと楽器をしまい、帰ってしまった。
また、テーブルに戻ってきたぷりんに、リーユーシェンが話しかけた。
「ぷりんさんは、原宿育ちなんですか?」
「実は違うんだよ~。瀬戸内海のね、ちっちゃい島育ちなんだ。中学校、同学年私しかいなかったし、全校生徒5人だよ」
「ヤベー、くそ田舎じゃん」
「一番近いマック、車と船で2時間かかるもん。東京来て、ホント感動した。すぐコンサート行けたり、こうやって楽器の演奏生で聞ける機会たくさんあって、ホント楽しい!」
ぷりんはどことなく遠くを見るように、話しだした。
「私はね、普段、演奏や楽器が身近じゃない人に、音楽に触れる機会を作ってあげたいの」
「ホントにぷりんちゃんは優しいわー」
踊り疲れたのか、フラフラやってきたクラーラがぷりんを横から抱きしめた。
「クラーラも優しいよ」
ぷりんがクラーラの頭を撫でる。
ふっと一瞬、暗い目をしたのをリーユーシェンが気がついた。
クラーラは自分から話しはじめた。
「私の父はね、仕事関係で病んじゃったの。苦しい、辛いが口癖で、一日中ずっと言ってたわ。けれど、音楽を聞いているときだけは、気持ちが楽になるのか、落ち着いた顔をしているのよ。私は、音楽を勉強して、もっとお父さんを癒してあげれるようになりたいって思ってここに来たの」
「優しい」
ぷりんがもう一度、クラーラの頭を撫でた。
そのままぎゅーっと抱きしめ合う。
「ポゥ!」
隣でアフリカのルパンのマイケルジャクソンの踊りが始まった。
その光景に、テーブルに座っていた一同はぷっと噴出した。
「あいつは、闇は抱えてなさそうだな」
ルパンの格好したアフリカ人が、タンバリン片手にマイケルジャクソンを踊る光景はかなり面白い。
写真撮っちゃおーとぷりんはスマートフォンを向けた。
「けにやーん!こっち!」
ケニア出身で関西弁しゃべるからけにやんらしい。
ぷりんがやにやんに手を振ると、踊りながら近づいてきた。
「やだー!近づいてこないでー!写真だから」
「なんやなんや~」
「じゃ、あたしが動画撮ったげる」
クラーラもスマートフォンを取り出すと、カメラを向ける。
ぷにぷにの腕が、どーんと理太郎に当たった。
「おい、ちょっと狭い」
「ごめんねぇ。デブだから」
開き直った雰囲気が、おばさん感があった。
「困ったわ~。日本に来て、ごはんおいしすぎて、こんなんなっちゃったわ」
「女の子はぷにぷにしてるほうがちょうどいいよ」
ぼそっとサイトーがつぶやいた。
ぷりんが聞き返した。
「じゃあ、サイトーはクラーラがタイプなの?」
「え!え?」
ダッダーン!とドラムの音が聞こえてきた。
負けじと、ぷりんがサイトーの顔に詰め寄る。
「実は?」
「実は……」
「ぶっちゃけ?」
「ぶっちゃけ……」
机の下で脚がドラムのリズムに合わせ、動いてしまっている。
タララ……とサックスが鳴り始める。
ジャズの名曲『sing sing sing』
「ぶっちゃけ……」
やにやんのサックスがさらに、曲を盛り立てていく。
サイトーは、答えを言わず、演奏者不在のアップライトピアノに走っていくと、弾き始めた。
「あ、逃げた」
「なんだ、あいつ」
「私もー」
クラーラはそのやり取りに気づいてなかったのか、演奏の中に加わり、歌い出した。
「Sing sing sing sing!Ev'rybody start to sing」
よく響く、綺麗な声だ。
リーユーシェンもクスリと笑うと、自分の二胡をケースから取り出し、音楽に合わせ始めた。
理太郎は視界にクラシックギターが置いてあるのが見えた。
なんかやたらキラキラと光って見える気がする。
「このギター誰のだ?」
「私の」
ぷりんが答えた。
「ちょっと貸してくれ」
「理太郎、ギターも弾けるの!?」
「お遊び程度ならな」
理太郎は右手でギター、左手で椅子を持つと、セッション集団の中に入っていった。
イスを置き、座る。足を組み、ギターを乗せた。
数小節、音楽の集団とともにリズムを取ると、ジャンと音を鳴らし、仲間に入っていった。
ぷりんがセッションしている様子と、余っている楽器をくるりと見渡した。
「じゃぁ、あたしは、これ」
部屋の片隅で半分埃をかぶりそうになっていた黒いケースを手に取った。
中は金属の鍵盤楽器、グロッケンだ。
ドラム、サックス、ピアノ、ギター、グロッケン、二胡、クラーラの歌声の不思議なセッションがヒートアップしていく。
歌っていたクラーラがチラリと理太郎を見た。
ソロをくれるらしい。
理太郎は軽く頷く。
クラーラの歌とサックスの音が消え、ドラムの目立ちにくいバスドラムの低い音と、静かなピアノだけになる。
理太郎のソロが始まった。
ジャランと鳴ったかと思うと、クールなメロディーが理太郎の手によって奏でられた。
自分ですらその音色に聞き惚れていると、横からリーユーシェンにソロを取られた。
最初、ムッとした表情を見せるも、すぐに、すげーこの曲でそう弾くんだと心奪われる。
今までよく聞いた、古典的なメロディーとは違い、ジャズの雰囲気が出ている。
そうこうしているうちに、サイトーのピアノのソロが始まった。
それもまた、ドラムにソロを奪われ、また全員が音を奏で出した。
最後、全員でフィニッシュを決めると、それぞれが叫び出す。
「やべ、クソ楽しー!」
「やばーい!!」
「いぇーい!」
「サイコー!」
「今の動画撮っとけばよかったぁ」
「あっはっは」
みんな顔を見合せ、笑い合う。
音楽が好きなもの同士、最高にテンションの上がった時間を共有できた。
「よし!次!もう一曲行こうぜ!」
部屋の中でまだ楽器が鳴り出し、演奏が始まった。