日本に戻ってからも、理太郎は、先生に教わったことを忘れぬよう、1日5時間は二胡の練習をした。
本業のはずのピアノは、ほとんどレッスン形式の講義でしか弾かなくなっていた。
案外、それは担当講師にはバレずに、むしろ「楽譜よく見て弾けてますね」と誉められるくらいで、笑いを堪えるのに大変だった。
音大生といえど、大学生なので、音楽系の科目の他に、教養科目を取らなければいけなかった。
そして、レポートの課題が定期的に出される。
TSUTAYAのバイトが終わり、家に帰った理太郎はノートパソコンに向かっていた。
Wordの書式に、とりあえず、名前と学籍番号を入力し、本文に"あ"と書いて後は白紙だった。
講義名は憲法。課題は『参考図書の中から気になる裁判を選び、気になる点、考察を述べよ』文字数約5000字。
……………………進まない。
理太郎はキーボードから手を離した。
お腹が空いた。
静かだな。
明日晴れるんだっけ?
どーでもいい独り言を頭の中につぶやく。
お腹が減って、肉まんを温めて食べた。
できたての小籠包は、肉汁がたっぷりでおいしかったな。
ふと、一緒に笑い、お酒を飲んだ中国の友人たちの顔が浮かぶ。
全然、嫌な思いしなかったな。
みんな親切だった。笑顔で自分を出迎えてくれた。
何だったんだ。あんときのデモはってくらい、違う人たちだった。
何だったんだ。マジで。
「…………」
テーブルの上に乗っていた指が、勝手にリズムを刻む。
頭の中に音楽が流れる。
理太郎は二胡を手にとり弾き始めた。
楽しくて、おもしろくて、踊るようなメロディー。
「うっせーんだよ!」
おっさんの怒鳴り声と共に、壁にドン!と何かぶつけられる音がした。
右隣の部屋だ。
忘れていた。このマンションは日本の安い、1Kのマンション。
音大生は、もっと防音の効いた部屋に入居することが多かったが、理太郎は苦学生なので、安いマンションだった。
楽器なんて、とても弾けない。
時計を見ると、夜中の2時過ぎていた。
はぁーと小さくため息を吐く。
二胡を置くと、代わりに五線譜のかかれたノートを広げ、ペンをとった。


練習室。
いつもリーユーシェンに二胡を習っている練習室ではなく、今日は少し広めの練習室を借りた。
理太郎が一人、二胡を片手に作曲していた。
何度も同じフレーズを弾き、首を傾げ、少し変えてまた弾いてみる。
テーブルの上にのった楽譜は、何度も書き直した跡があった。
バーンと勢いよく練習室のドアが開き、
なぜか息を切らしたリーユーシェンが入ってきた。
「理太郎!」
「おー」
「今度、中国で行われる二胡のコンクール、応募してきました!」
リーユーシェンの嬉しそうな顔を見て、理太郎もふっと笑った。
「大丈夫か?いきなり大舞台」
「大丈夫です!理太郎と二胡弾いていて、シィンイーに聞いてもらって、そう、確信しました!」
「いや、それは俺が下手だから、比較の問題で……」
「違いますよぉ!」
リーユーシェンはニコニコと歩いてきた。
「違います!」
念を押すように、リーユーシェンはもう一度言い直した。
リーユーシェンは鼻歌を歌いながら、二胡のケースを開けると、演奏する準備をはじめた。
それを、理太郎はチラリと見ると、低い小さい声で、五線譜のノートを見せた。
「コレ」
「はい」
「……俺が作った」
急いで書いた、乱暴で雑な楽譜だった。
楽譜の下のほうは、黄色いシミがあり、ほんのりカップラーメンの匂いがする。
リーユーシェンは、楽譜を目で追いながら、頭の中に曲を流した。
その顔を、理太郎は壁にもたれて座りながら、じーっと見ていた。
なんか、恥ずかしい。
その場でアレンジして演奏することは今までにあった。
実は、本格的にイチから作曲し、楽譜を書いて他人に見せるのは初めてだった。
リーユーシェンは頭の中で、最後まで奏で終わると、目を細め、ため息をもらすように笑った。
「いいですね。二胡、二重奏」
「マジで?」
「はい!さっそく弾いてみたいです!」
素直なリーユーシェンの喜びように、理太郎は心の中でガッツポーズする。
「私のことイメージして作ってくれたんですか?」
「お前の"演奏のっ"イメージな!んー、でも、まだ未完成」
「だって、二重奏ですから、自分一人じゃ、再現できないです」
リーユーシェンはふふふと笑う。

「すっごーい!」「おぉー!!」
練習室で、その曲を弾き終わると、ぷりん、クラーラ、けにやんに、サイトーが目を輝かせ、拍手をした。
さっき、講義が終わり、合流したばかりだった。
クラーラも目を丸くしている。
「この曲かっこいい!」
「それに、演奏自体めっちゃよくなったやん!」
「だろ?」
「たった3日行っただけなのに、その先生、魔法使い?」
「仙人」
「仙人!?」
「リーリーも、なんか変わった気がする」
「はい。彼女に会って、パワーもらいました!」
「てゆーか、この曲めっちゃ好きー!!なんて曲?」
「んー、曲名か。決めてないんだよなー」
「私がつけてあげようか?」
「いや、いい。曲名なんて、もっと仕上がってから、つける」
「あら、まだ完成じゃないの?仕上がるの楽しみね」
「あ、っで、さぁー」
理太郎はまた楽譜を手にした。
「ぷりん、ここで、こんな感じにしてくれるか?」
理太郎は楽譜のある一部分を指差した後、ぷりんからギターを受け取り、弾いてみせた。
「おっけー」
自分で修正したところを楽譜に書き込み直していく。
「んで、サイトーは……」
「はいはい」
今度はキーボードを弾くサイトーのところまで行くと、自ら鍵盤を押し、弾いていった。
「んー、こーじゃ、ねーか、違うか」
「ふーん。俺的には……」
サイトーと理太郎が何かやり取りが始まった。
なんか静かだなーと思っていると、少し、離れたところで、やにやんが理太郎から渡された楽譜片手に、黙々とオーボエを吹いていた。
しゃべってるより、楽器吹いてるほうが静かって、なんか不思議だ。
リーユーシェンがぷりんだけにつぶやいた。
「理太郎、やっぱり才能ありますね」
「うん。作曲する才能も、まとめる才能もある。うらやましいわー」
「ぷりんさんのマネジメント能力もすごいですよ。マメですし。Twitterで告知してくれたり、YouTubeアップしてくれたり、ありがとうございます」
「どういたしまして」
お互い深々と頭を下げ合った。
やがて、理太郎が「うん!こうだな!」とキーボードを弾きながら頷いた。
悩んでいたとこがやっと形になったらしい。
ぷりんが、みんなに声をかけた。
「ねぇ、ねぇ、今度は土日、公園でやってみようよ!普段、仕事とか、学校とかで、来れない人とか来てくれるかも!」
「そうしましょ!松田先生、生で聞いてみたいって言ってたから来てくれるかも!」
松田先生はクラーラ一押しの色黒でダンディーな先生だった。
「私は日曜日なら暇ですよ」
「私もー」
「俺も!」
ほとんどのメンバーが奇跡的に予定がなかった。
「私も!理太郎は?」
「えっと、21時からバイト」
「やるのは、昼間だから、ちょうどいいじゃない!」
瞬く間に、計画が決まった。
ぷりんが振り返った。
「この曲演奏しようね!」
「あ、うん、やりたい」
いつもの公園とはいえ、日曜日。この曲を人前で弾く。
理太郎は、ピリリと体に力が入った気がしたが、なんだか少し心地よかった。
計画が決まったその日に、ぷりんがTwitterで告知してくれた。
顔を覚えている常連さんから、見知らぬフォロワーにいたるまで、
『行きます!』
『楽しみ!』
『ありがとう!やっと生で聞ける!』
というメッセージがたくさん送られてきていた。
それは、日を追うごとに増えていった。
それをぷりんに教えられ、自分でも定期的に確認する度に、理太郎は少しピリピリとした緊張感と、早くやりたい!と気持ちが高ぶってきた。
日曜日当日はよく晴れた日だった。
風もない、比較的暖かい昼下がり。
理太郎たちが早めに来て準備しようとしていたところには、すでに数人の人がいた。
いつも柴犬を連れているおじいちゃんが理太郎たちを見かけると、声をかけてくれた。
「やぁ、今日も来たよ」
「ありがとうございます」
「花丸~。元気ー!?」
クラーラが柴犬の花丸に寄っていくと、わしゃわしゃ撫でた。
「ちょっと早かったかな」
「そうですね。Twitterで13時からやるって言ってあるんで、時間になったら、始めようかなと」
「んじゃぁ、もう一周してくるか」
おじいちゃんは花丸に話しかけると、くぅんと返事が返ってきた。
「いってらっしゃい。花丸ー」
クラーラが手を振ると、花丸はお尻をぷりぷりさせながら、公園をもう一回りしにいった。
「えへへ、楽しみだね」
「あぁ」
はやる気持ちを抑え、楽器を丁寧にチューニングしていく。
「福原くーん!見に来たよー!!」
常連の吉岡里帆似の女の子たちが来た。
今日はいつもの二人の他に5、6人女の子がいる。
みんな、美容やファッションにお金をかけているのがよくわかる、キラキラした女子大生だった。
理太郎が愛想よく出迎えた。
「わざわざサンキュー」
吉岡里帆似の子がチラリとぷりんたちを見た。
「今日は、人数多いね。他の楽器も加わるの?」
「うん。同じ音大のやつら」
「私も同じ大学の子に、声かけて一緒に来たよ。すごい演奏する音大生がいるって言って。頑張ってね」
吉岡里帆似の子たちは手を振って、理太郎たちから少し離れたところで、おしゃべりをして演奏が始まるのを待った。
何話してるのか、理太郎は気になってしょうがなく、チラチラ見ながら準備を進めていった。
「あ!ユナちゃん!」
クラーラが叫んだ先には韓国人のバイオリニスト、キム ユナがいた。
ひとりぼっちで、ぽつんと遠くから様子を伺うように立っていた。
「声かけといたの!」
クラーラは理太郎たちに振り返り、ウインクすると嬉しそうに走り寄った。
「ねぇ、あなたも一緒にセッションしましょう!」
「バイオリン、メンテナンス中で……」
よく見ると、いつも持ち運んでいるはずのバイオリンケースがなかった。
「あらぁ。残念」
「今日は聞くだけ」
「楽しんでってね」
自分を見ていたユナと理太郎は目が合った。
こういうとき、どうしていいかわからず、一瞬固まったのち、僅かに会釈した。
ユナからも小さな会釈が返ってくる。
「はーい、ちょっとー、一回みんな楽器持って立ってみてー」
ぷりんがメンバーに声をかけた。
ぷりんのとなりには、女の子がipad片手に立っていた。
「今日は、りんちゃんが撮影してくれるから」
「お願いしまーす!」
それぞれ、楽器を持つと、適当な立ち位置についた。
カメラで撮影するポイントを確認する。
そうこうしているうちに、たくさんの人が集まり出した。
花丸とおじいちゃんも戻ってきた。
いつもの常連さんに混じり、学生や社会人らしき人もたくさんいる。
クラーライチ押しの松田先生も来てくれた。
ぷりんがこそっと理太郎に囁いた。
「やっぱ、いつもと見かけないような人もたくさん来てくれたね」
「あぁ。いろんな人に聞いて欲しいから、今日やってよかった」
理太郎がチラリと時計を見た。
「よし、そろそろ始めるか」
「うん!」「はい!」
理太郎たちはお客さんに軽く挨拶すると、演奏を始めた。
最初の方は肩慣らしの演奏。
そして、1曲終わるごとに女子大生たちメインの声援と、拍手が鳴った。
「楽器弾ける男の子ってかっこいいー!」
「ねー」
ぷりんが理太郎の顔を見ると、やっぱり調子乗った顔をしていた。
「福原さん!握手してください!」
人混みの中から、真面目そうな眼鏡の男の子が理太郎に手を伸ばした。
まだ中学生くらいだ。
今弾き終わった曲が始まる直前に、走ってきて、ずっと目を輝かせて聞いていたので、ちょっと目立っていた。
まっすぐな瞳に、最初は戸惑うも、理太郎は手を伸ばし、握手をした。
「あのっ、YouTubeいつも見てます!今日、川崎から来ました!どの曲もかっこよくて、大切に弾いてて、ホントすごいと思います!」
「サンキュー」
「あの、私も握手してください!」
今度は小学校5、6年生くらいの女の子が手を伸ばしてきた。
理太郎は、びっくりした顔で握手すると、すぐに「やった!」とぴょんぴょん飛びはねた。
その流れで、たくさんの人がこえをかけてくれた。
「いつも、素敵な演奏ありがとうございます!」
「仕事で結構嫌なことあるんだけど、演奏聞いて、忘れられてるよ」
「受験勉強また、頑張れそうです!ありがとうございます!」
「こ、こちらこそ、ありがとう、ございます……!」
たくさん声援を送ってくれる人たちに驚き、理太郎はぎこちなくお辞儀をした。
もう一度、お客さんを見渡す。
今まで演奏してきた中で一番たくさんの人が立ち止まり、自分の演奏を聞いてくれていた。
ぷりんがさっき、YouTubeのライブ配信を確認したところ、現在70人ほど視聴してくれているらしい。
体がゾクゾクする気がする。
「よし、アレ行こう」
理太郎がリーユーシェンたちの顔を見て言った。
みんな頷く。
理太郎はお客さんのほうを向くと、少し恥ずかしそうにアナウンスした。
「あ、えっと、次は、自分が作曲した曲です。曲名とか、決めてないんですけど……聞いてください」
またパチパチと小さな拍手が起きる。
メンバーが楽譜を準備できたのを確認し、演奏が始まった。
キレよく響く、二つの二胡の音。明るくてポップな曲の雰囲気。
理太郎とリーユーシェンの美しいハモリ。
今までの演奏は、「かっこいいね」とか「これ、何の曲だっけ?」とかお客さん同士、小さな声で話している雰囲気があったが、この曲が始まると、そういう人はいなくなった。
みんな、一心に、理太郎たちを見つめ、耳を澄まし、曲に聞き入っている。
理太郎は夢中で演奏し、仲間の音を聞き、あっという間に終わってしまった。
ふっと顔を上げると、拍手の波が押し寄せる。
「…………」
優しい拍手に包み込まれ、理太郎はしばし、呆然としてしまった。
今まで拍手を受けてきたことは何度となくあるけど、終わったら拍手するという形式的な感じの拍手ばかりだった。
こんな優しい拍手は初めてだった。
拍手って、こんなに気持ちいいものなんだ。
延々に鳴り続ける拍手の中、理太郎は、お客さんの顔を一人一人眺めた。
中学生の男の子。小さな女の子。柴犬連れたおじいちゃん。優しく微笑むおばさん。興奮してる女子大生。赤ちゃんを連れたお母さん。仕事帰りなのか作業着を着た人。30代っぽいラフな格好のお兄さん。バリバリ働いてそうな女性。車椅子の男性とそれを押す女性。
たくさんの人がいた。
リーユーシェンたちと目が合った。
一緒に演奏したやつらも、嬉しそうに笑っている。
「ありがとうございました!」
理太郎は柄にもなく、深々と綺麗な頭を下げた。

やがて日は傾き、寒くなってきた。冬の夕暮れは早い。
見ていたお客さんは、また一人、また一人と、軽くお辞儀をしながら、申し訳なさそうに帰っていった。
薄手のパーカーに、ショートパンツのぷりんがくしゅんとくしゃみをした。
「お前、薄着すぎ。今日はこんくらいにしとくか」
「そうですね」
聞いていただいていたお客さんに、改めてお礼を言った。
前までは、「また来るねー」と一言言い、すっと帰っていったお客さんも、今では、声をかけられ、しゃべりこんだりすることも増えた。
特にぷりんやリーユーシェンはそういうお客さんに丁寧に対応していた。
その間、クラーラとけにやんは小腹が空いたので何か食べ、サイトーはいち早く帰っていく。
理太郎は楽譜を見つめていることが多かった。

心地よい疲労感を感じつつ、理太郎は二胡をかかえ、公園のベンチに座り、ぼーっと景色を眺めた。
スマートフォンを取り出し、生配信していた今日の演奏を選んだ。
すでに、生配信は終わっていたが、閲覧者が2000人ほどになっていた。
コメント欄には、日本語の他にたくさんの中国語コメントがあった。
『你好~ 好听 很好~』(こんにちは~ いいですね~)
『你会被治愈』(癒されますね)
『好酷!』(かっこいい!)
『是最高音楽良音色感動』(最高の音色に感動してます)
『我想听现场音乐!』(生演奏聞いてみたい!)
お客さんはほとんど帰り、ぷりんとクラーラが、寒い寒いと言いながら、自動販売機に、あったかい飲み物を買いに向かった。
けにやんは師匠にレッスンがあるからと帰っていった。
隣にリーユーシェンが座った。
理太郎がぽつりと呟いた。
「お金もらってるわけでもないのに、拍手がもらえたら、嬉しくて、
お客さんもお金払ってるわけでもないのに、寒い中一生懸命聞いてくれる。なんかすげーな」
「そうですね。特に、今日は楽しかったです」
「うん。俺も」
背中から夕日がさしているのがわかる。
ということは、今見ている方角は東。
今いる東京から遥か先、富士山を始め、いくつかの山を越え、東シナ海を渡ったら、中国の上海があるはずだ。
そんなこと、今まで考えたこともなかったけど、地図上だとそうなる。
小さな茶色い鳥が数匹自由に飛んでいった。
「中国でも弾いてみてーな」
中国人相手に、自分の二胡の腕を披露し、どうだ?すごいだろ?と言いたいわけじゃない。
本場で勝負してみたいってのも、間違ってはないけど、ちょっと違う気がする。だったら、コンクールに応募すればいいだけだ。
でも、そういうことじゃない。
本当に、ただ、単純に、中国で、中国の人に、自分の二胡の演奏を聞いて欲しいと思った。
なんでだかよくわかんないけど。
「理太郎?」
座ったままの、理太郎にリーユーシェンが声をかけた。
理太郎は振り返る。
「もう一度、中国行きたい。中国の公園とかでも、弾いてみたい。日本人として」
理太郎が笑った。
「一緒に行かないか?」
「行く!!」
即答した。
「私も、中国の路上とかでやったことないからやってみたいです!理太郎が作曲した曲も聞いてもらいたい!行きましょう!理太郎!!」
「ちょっと、待ってー!何の話!?」
ぷりんたちが戻ってきて、理太郎たちに詰め寄った。
「何?どこ行くの!?」

寒いからと、いつものファミレスに移動した。
席に座り、注文をしたところで、さっそくさきほどの話を話し始めた。
「中国に行くの!?いいね!行きたい!」
「中国で演奏するの、おもしろそー」
ぷりんとクラーラは手をバタバタさせ、はしゃいだ。
「麻婆豆腐食べたーい!私たちも行っていい?」
「あー」
クラーラに中途半端な返事を理太郎は返した。
それを見て、ぷりんがはしゃぐのをおさえる。
「まー、男二人で行ったほうが身軽でいいかな?」
「んー、まあな」
理太郎がぽつりと返す。
小さい声だったが、ぷりんはそれだけで、自分が行きたいという主張をするのをやめた。
代わりに、ぷりんの頭の中では、理太郎たちが中国で演奏する演出やライブ配信のやり方など考えていた。
リーユーシェンがスマートフォンでスケジュールを調べ始めた。
「いつ行きますか!?旧正月始まる前がいいですよ!混みますから。今年は1月24日からです!」
「年末年始は航空チケット高くなるから、避けたほうがいいかも」
金を連想するキーワードを聞いて、理太郎は急いでスマートフォンを取り出し、操作を始めた。
「…………」
「理太郎?」
理太郎を見ると、自分のスマートフォンを見つめ、顔が凍りついていた。
「……ねぇ」
「は?」
「金がねぇ……」
理太郎からスマートフォンを渡され、画面を見つめた。
銀行口座の明細の画面で、残高がマイナスになっている。
「え?」
ぷりんが意味がわからず、もう一度画面を凝視した。
「フツーに明日生きる金もねぇ……」
「からあげ大盛りお待たせしましたー」
妙に明るいウェイトレスさんの声と共に、からあげの乗ったお皿がテーブルに置かれた。
クラーラはフォークで、からあげをぶっさした。