気まずい空気が流れる。
聞こえるのは、時計の針の音だけだ。
控えめな音のハズなのに、今日はやけに耳に響いた。

いたたまれなくなって、奈々は祐吾に背を向けた。
そっと涙を拭うとキッチンに立つ。
ここで帰ったら負ける気がした。
仲直りができない気がした。

何だか無性に腹が立つ。
そんな時は無心に料理をするに限る。

すっかり使い慣れたキッチンは、食材も調味料も大方揃っていた。
どうせお互いすぐには機嫌が直らないのだから、時間のかかる煮込み料理にしよう。

冷凍庫から豚バラのブロック肉を取り出す。
解凍してからたっぷりのお湯で煮る。
一度洗ってもう一度お水を入れて、今度は玉ねぎと砂糖でコトコト煮込んだ。
1時間程煮込んだら、醤油と味醂で味を整えてもう少し煮る。

そんな作業をしていたら、だんだんと気持ちも落ち着いてきた。

そうだ、さっき祐吾は何て言っただろう。

───お前の試験の邪魔をしたくなかった

それは祐吾なりの気遣いなのではなかろうか。

不器用にも奈々のことを気遣う祐吾の気持ちに気づいて、とたんに奈々は胸が熱くなった。