「奈々の母親が亡くなっているのは聞いているのかな?」

「ええ、少しですが。」

確か大学三年の時に入院して、一年程して亡くなったと言っていた。
就職活動もそっちのけで毎日病院に通ったとも言っていたか。

「お恥ずかしい話、妻が亡くなったとき私がショックで鬱になってしまってね。それからずっと奈々は家のことを優先してくれたんだ。もっとやりたいことや遊びたいこと等あっただろうにね。もう大丈夫だからと言っても聞きやしない。」

ああ、奈々らしいなと祐吾は思った。
だからこそ余計に、早く働かなくてはと思ったのかもしれない。
じっくり就職活動をするよりも、手っ取り早く派遣に登録して働き出したのだろう。

「それが最近は週末になるととても楽しそうに出掛けていくんだ。聞けば彼氏ができたと言うじゃないか。帰りも遅いしたまに泊まってもくる。あんなに幸せそうにはにかんで笑う奈々を見るのは初めてでね。ずっとお父さんの側にいると言っていた奈々の心を動かしたやつはどんなやつなんだと知りたくなった。奈々に言ってもちっとも紹介してくれないから、痺れを切らして呼んだというわけだ。」

あはは、と奈々の父親は笑った。
笑った顔は奈々とよく似ていた。

マンションで祐吾が「ここに住めよ」と言ったとき、奈々は困った顔をしていた。
何か理由があるのかなとぼんやりとは思ったが、特に追及はしなかった。
だがその意味が、ようやくわかった気がした。

「祐吾くん、不躾なお願いで申し訳ないが、どうか奈々を幸せにしてやってくれないだろうか。」

言われなくとも、祐吾の答えは決まっている。
奈々を幸せにできるのは自分しかいない。
それくらい、奈々のことを愛しているから。

祐吾はしっかりと、決意を込めた声で

「もちろんです。」

と伝えた。

奈々の父親は、とたんに親の顔になり、ありがとうと笑った。