「倉瀬さんの読んでいた経営学の本を開いたら、難しすぎていつの間にか寝てしまいました。」

「学生かよ。」

倉瀬がツッコむと、奈々はむうっと膨れた。
と思うと、直ぐ様はっとなって言う。

「わ、私ソファで寝るので、倉瀬さんはベッドで寝て。」

そう言ってベッドから慌てて降りようとするので、倉瀬は呆れながら奈々をベッドへ戻した。

「お前、俺がせっかくここまで運んでやったのに、ソファで寝るとはいい度胸だな。」

「えっ…ええ~…。」

「よし、じゃあ二択にしてやる。ベッドで俺と一緒に寝るか、俺がソファで寝るか。」

奈々の性格からして、倉瀬をソファに追いやることはないだろう。

意地悪そうに微笑む倉瀬に、奈々は観念したように呟いた。

「…一緒に寝ます。」

とは言うものの、先程の倉瀬とのやり取りでテンパりすぎて、奈々は目が冴えてしまっていた。

「メールチェックだけするから、ちょっと待ってろ。」

そう言って、倉瀬はパソコンに向き合った。
奈々はそんな倉瀬の横顔をベッドに座ってぼんやりと見つめた。

会社で見る仕事中の倉瀬そのもので、凛々しくて見惚れてしまう。
もちろん、プライベートの倉瀬も、優しく微笑んでくれる倉瀬も、意地悪く笑う倉瀬も、全部大好きだ。

大好き過ぎて、奈々はたまに考えてしまうことがあった。
今まで倉瀬に愛された女性はどんな人だったのだろう。
倉瀬はどんな風に愛したのだろう。
このベッドにも寝たのだろうか。
だとしたら、嫌でしかたない。
なんて、本当にバカげた考えだと自分でも思っている。
想像だけで勝手に嫉妬して、勝手に悲しくなる。
なぜだろう。
手の届く幸せが目の前にあるというのに。

奈々はその考えを振り払うかのように、頭をブンブンと振った。