エントランスで待っていた奈々は倉瀬の姿を確認すると、ぱっと笑顔になった。

「待たせて悪かったな。」

「いえ、私が待ってるって言ったんですから。それに、このエントランスのソファ、すっごくふかふかで気持ちよくて、いつまでも待てちゃいますよ。」

奈々は無邪気にお尻で跳ねる。
その動きに合わせて、ソファがふわりと波打った。

「それは、焼肉が食えなくなるな。」

苦笑しながら倉瀬が言うと、奈々はすっくと立ち上がる。

「行きましょう!」

と、やる気満々の顔で倉瀬の袖を引っ張った。

時々子供っぽい一面を見せる奈々もまた可愛いな、と倉瀬は奈々に引っ張られながら微笑む。

「実はここから意外と近いんですよ。予約時間までまだ余裕があるので、歩いていきませんか?」

「お前、歩くの好きだな…。」

奈々の提案に、倉瀬はバレンタインデーの日のことを思い出して苦笑いした。

あの日も奈々は寒空の下、地下鉄沿線を歩いていた。
歩いていたおかげで倉瀬がすぐに追いつくことができたわけなのだが。
つい最近のことなのに、奈々が大泣きしたのが懐かしいくらいに思える。

「わぁ。意外と寒いですね。」

「そりゃ、まだ3月だからな。」

風は少しずつ南寄りの暖かなものになっていたが、夜はまだひんやりとした空気だった。

倉瀬は少しだけ前を歩く奈々に「なあ」と呼び掛ける。

「ん?」

振り返った奈々に、

「手、繋ぐか?」

と聞いてみた。
奈々は驚いた顔をしたが、すぐに頬をピンクにして、

「うん。」

と小さく頷いた。

倉瀬が差し出した手にそっと触れると、大きなあったかい手が奈々の手をぎゅっと握り、そのまま倉瀬は握った手をコートのポケットに突っ込んだ。
急に距離が近くなり、奈々は心臓が跳ね上がる。
そっと見上げれば、倉瀬も奈々を見つめ返してくる。

そんな距離感がたまらなく恥ずかしく、でも、とてもとても嬉しかった。