「倉瀬さん、書類は出来上がりましたか?」

奈々は倉瀬の席まで赴くと、先日倉瀬に突き返した書類の進捗を確認した。
あのやり取りをしたせいか、口調は普通にできたが笑顔はできなかった。
あくまでも事務的だ。
また何か言われるのではないかと緊張して構えてしまう。

先程の一部始終を見ていた倉瀬は、対応の差に違いがあることに内心ムッとした。
奈々の声のかけ方が年配の男性と自分とでは明らかに違ったからだ。

倉瀬は何も答えず、ただ書類を差し出した。
むかついてはいたが、最低限のやるべきことはやった。
ああは言ったが、仕事は疎かにしないというのが倉瀬のモットーだ。

無言で書類を差し出す倉瀬に奈々は疑い深く受け取ると、記入された項目を素早く目で追いながらチェックする。
思ったよりも綺麗な字できちんと書かれた書類は、不備などひとつもなく完璧だった。

「ちゃんとやってくれたんですね。ありがとうございます。」

奈々は丁寧にお礼を言って、ようやく倉瀬にも笑顔を見せた。