ホワイトデーの贈り物にまさかの焼肉をねだられ拍子抜けしてしまった倉瀬だが、奈々は行きたい焼肉屋も食べに行く日付もしっかりと指定した。

「絶対出歩かない土日の前の金曜日がいいです!あと、スーツはダメです。臭いがついちゃいます。」

とか言うので、倉瀬は仕事終わりに一度自宅に戻ってきた。
別に臭いがついてもクリーニングに出せばいいと言ったのだが、「倉瀬さんのスーツは高そうだからダメ」と奈々は譲らない。
なので渋々着替えに自宅に戻った訳なのだが、倉瀬は着替えながら先程のやり取りを思い出していた。

「あと、カードは使えませんからね。倉瀬さん、何でもカードで払っちゃうイメージだもん。」

奈々が真剣な顔で言うので、勢いに圧されてコクリと頷いた。
確かにカード払いが多いが、ちゃんと現金だって持ち合わせている。
奈々の思い込みには困ったもんだ。
そのことを思い出して倉瀬は自然と頬が緩んだ。

ささっと支度をして玄関を出る。
エントランスで奈々を待たせているのだ。
入ってこいと言ったのに、頑なに「ここで待ってます」とまたしても譲らなかった。

奈々は意外と頑固だ。
そんなところも可愛いと思ってしまう。

倉瀬はあれこれ思い出して、またしても頬が緩んだ。

奈々が好きでたまらない。
会う度に新しい表情を見せてくる。

仕事ではしっかりしている印象なのに、プライベートでは案外おっちょこちょいだ。
それは最近気付いた。

すぐに頬を染めて照れるし、すぐに頬を膨らませてむくれるし、そしてすぐに笑顔になる。
倉瀬の前では奈々は百面相だ。
それを可愛らしく思い奈々のことばかり考えている倉瀬も、実は百面相になっていたりする。

倉瀬は声もなく笑うと、ひとつ咳払いをしてエレベーターを降りた。