倉瀬はデスクに置かれた書類を忌々しげに見つめていた。
突き返したのに逆に突き返された。
口調は怒っていたが、それでも丁寧に置かれた書類。

倉瀬は勉強のためいくつか部署を渡り歩いてきた。
社長の息子だと自分から言ったことはない。
けれど隠してもいない。
だからか一度社長の息子だとバレたらその噂が広まるのはとんでもなく早かった。
おかげで今では周知の事実になっている。
だからか、今までどこの部署に行ってもチヤホヤ甘やかされることが多かった。
それにつけこんで、倉瀬は好き勝手やってきたと自分でも自覚があるくらいだ。

社長の息子。
将来の社長。

勉強中の身とはいえ、倉瀬の存在は多少尾ひれがつきながらも異彩を放つ。
誰もが倉瀬に遠慮し頭を下げる。
猫なで声で寄ってくる女性も少なからずいる。
上司でさえ自分の評価を気にしてか、倉瀬に厳しいことを言わない。

それなのに。

奈々は倉瀬に対して堂々とものを言った。
それは倉瀬にとって初めての出来事だと言っても過言ではない。
腹立たしくもあり新鮮で、倉瀬の心にしこりを残した。

倉瀬はチッと舌打ちし、その書類を忌々しげに脇に追いやった。