「なんで愛子が来んだよ」

俺は苦い顔を隠せない。

「少し話をつけないといけないからな」

在義からにじみ出るどす黒いものに、ため息をつきつつ「そうか」とだけ答えた。

在義は、元来二面性が強い。昔は本人も無意識だったようだが、今ははっきり使い分けていやがる。

公人としての『華取本部長』と、私人としての『在義』。

在義は現在、娘のことで頭がいっぱいだ。

娘と言っても血の繋がりはない娘。妻・桃子の忘れ形見。

――桃子はそれこそ、行き倒れている、という表現がぴったり合うように倒れていたらしい。

それを見つけたのが、非番だった在義。

すぐに病院に運んだものの、彼女は記憶喪失だった。

ペンの使い方、都道府県の名といった、日常生活における点に問題はなかったのだが、自分の名も、家も、何も忘れてしまっていた。

そして、妊娠していることがわかった。