背中に廻した手は、変わらずリズムをとっている。華取は俯いたままだ。
華取が話していいと思うことを、話せるタイミングまで待とう。そんな気持ちになっていた。
「…………先生、私の母さんが、記憶喪失の身元不明だったって、知ってますよね……?」
「……ああ」
それ自体を知ったのは、随分前だ。
在義さんの妻としての存在。
在義さんが警視庁にいられなくなった理由として、誰にも歓迎されない結婚をしたからだ、と。
しかし、華取の出生や、それ以上のことは知らなかった。
華取は俺の腕の中で、俯き話し始めた。
「母さん、父さんがだいすきでした。……記憶も戸籍もない母さんを、父さんは大事にしてて。……父さんの愛情だけで、母さんは生きてました。私のことも、父さんも母さんも、大事にしてくれました。……でも、時々――記憶が戻ったわけでは、ないと思うんですけど……母さん、なにかに怯えてました。決まって父さんがいないとき、恐怖して、泣き出すんです……。その度にお隣のおねえさんが来てくれてて……夜々さんが母さんをずっと抱きしめててくれて……意識なくすように寝ちゃって、母さんはその……発作? みたいなこと、起きたら憶えてないんです」
「………」
手はいつの間にか止まって、ただ華取を抱きしめる力に変わる。