「帰っちゃうんですか? お茶だけでも……」
「今日はもう帰るよ。……あまり在義さんの、娘との時間を奪うともう逢わせてもらえなさそうだから」
間取り的に、玄関からはダイニングの一部が見える。
まだ機嫌の悪そうな顔で華取の淹れたお茶を飲んでいる在義さんの目を盗んで囁くと、華取は驚いた顔をした。
たぶん俺の言った言葉の意味がちゃんとわからなかったのと、『奪う』とか言われたことにもびっくりしたのだろう。
恋愛事に免疫はなさそうだな。
……恋愛事? いや、そもそも俺、どういう意味で今の言葉を言った?
……最近、俺の口と脳は連動していない気がする。
こんな体たらく、弟に知られたら絶対バカにされるから早くどうにかしないとな……。
車に乗り込んで、思いっきり深く息を吐いた。
在義さんに睨まれることを重ねてしまった……。
それでもさっき、華取と一緒にいてよかったと思う。華取が……泣いてくれてよかったと思う。
やっぱり華取は自分を押し殺してがんばっていた。生きていることをゆるしてもらうために。
「……そんなの、俺がいくらでも支えてやるのに」
頼ってくれたら、いつだって華取の味方でいるのに。
でもそれは、きっと教師の領分ではないところまで感情がある。領分ではないそこまで、俺は華取に踏み入ってしまった。
「………」
この際だ。愛子が敷いてくれた『偽婚約者』の位置――思いっきり利用させてもらおうじゃないか。