俺がドアの前に立っても、華取は少し遅れた場所で立ち尽くしている。
「や、やっぱ私、やめといた方がいいんじゃ……」
言葉がおっかなびっくりといった感じだ。
……在義さんの言いつけは守るということか。
俺なんかだったら、そこまで気にする必要はないのに、と思ってしまう。
「大丈夫だ」
俺がそう言うと、華取はわずかに目を見開いた。
何かに驚いているように見える。どうかしたのか……思いつつ、華取が道を選びやすいように手を差し出した。
華取は俺が伸ばした手に、刹那の躊躇いを見せた後、自分の手を重ねた。
その反応に少し驚いたけど、すぐに握り返した。――誰かに手を差し出したことは初めてで、当然にように、手を重ねられたのも初めてだった。
「ただいまー」
俺の声と同時に、猫の鈴が鳴る。
「お、りゅうおかえりー。って、え?」
カウンターの中で洗い物をさせられていた降渡が、笑顔で迎えた。
俺の後ろから入って来た華取を見て、その瞳は点になった。