農男子の苦悩と光
「あれ、斎藤くん今日も来てるの?」
「あ、はい。最近はいつも土日には来てますよ」
「あ、そうなの」
「あ、斎藤さんだ〜!」
あ、が続いた。他愛もない会話、1日の始まり。とはいっても、もう正午だけど。
普段はサラリーマンとして働く斎藤(36)は、今春に36歳の誕生日を迎えたことを機に、自身のライフワークについて考えていた。
そんな斎藤と今話しているのは、直子とゆきである。二人は親子にみえるが、他人同士だ。
「あれ、二人の苗字って、何だったっけ・・・」
斎藤は、人の苗字を覚えるのが苦手だ。特にプライベートでは。
「私?私は高野ですよ。高野直子。あはは、忘れちゃった?」
「私は一応個人情報なので内緒です。ゆきちゃんのままで呼んでくれて大丈夫です」
斎藤の呟きにも即座に反応し、苗字を笑顔で教える二人。三人がいるここは、そういうあたたかい場所だ。
そう、ここは「農民カフェ」。
斎藤は、自身のワークライフバランスを考える第一歩として、まずは趣味を作ることを決意した。斎藤は無趣味な仕事人間であった。彼はそうであることに疑問を抱かなかったが、40歳を目前にして自分の生き方を見直し始めたのだ。
「でも、斎藤くんみたいな人がエプロン付けてここにいるって、なんか新鮮ね」
直子さんがケタケタ笑いながら、直球を投げてきた。
俺は飛び込んでみたは良いものの、果たしてここにいる価値があるのか?
そういう男らしくない考えが時々浮かんでしまう。アラフォーの俺が今更、農業ボランティアに突然参加して、料理もできないくせにこうしてエプロンをして店の顔としてここに突っ立っていていいのだろうか、と。
農業をやってみたいというのも、就農とか副業でビジネスやりたいとかそういうことではなく、ただ単に、一度きりの人生なのだから新しい趣味を持って残りの人生仕事もプライベートも楽しんでやろう、というだけのことだ。
「それにしても、お仕事もやってこういうカフェとかボランティアにも参加されていて、凄くないですか?私がサラリーマンだったら土日とか疲れて寝ちゃうなー」
「えーゆきちゃんは土日も弾丸旅行とか行きそうだけど?」
「そうですかー?そんなことないですよ。じゃあ今度行きましょうよ」
「どこに?」
「箱根とかよくないですか?」
「あー箱根?いいわねー!」
いやいや、箱根は弾丸旅行というより、日帰りとかまったり旅行要素強めじゃないか?弾丸旅行ってもっと、海外とか言い出すかと思った・・・と、余計なお世話と言われそうなツッコミを堪えながら、斎藤は料理が出てくるのを待っていた。
そう、斎藤は料理ができないので、こうして待っているだけなのである。
突然、のれんが開いた。
「はい、トマトとバジルの冷製パスタの方〜」
「私でーす」
あれ!直子さん、パスタ好きなんだ。意外。
「カツレツでーす」
「カツレツ!?」
ゆきちゃんカツレツなんて頼むのね。直子さん、ここですかさず反応。やっぱり。
「カツレツは、フランス版のとんかつみたいなものです」
あーなるほど、というように直子さんが納得する。そんな雑な説明でいいんだろうか。まぁ、一番分かりやすい説明でもあるが。
「ゆきちゃんとんかつだけでいいのー?」
「うん、大丈夫」
カツレツね。とんかつと似てるけども。そう言いたくなる気持ちは分かるけども。
美味しそうに食べる二人を見ていると、不思議と心があったまってくる。これぞ人の温もりか?いや、料理作ってないけど。
また突然、のれんが開いた。
「ゆきちゃん、これサービスね」
「えーいいんですか!」
「お味噌汁とご飯無料なんて凄いわねここ!」
このカフェは、ボランティアが運営しているので、ほぼほぼ無料である。なんて気前が良いのだろう。
俺はサービス視点が足りないのだろうか。ゆきちゃんがとんかつ、いや、カツレツだけを食べているのを見て、のれんを潜って味噌汁とご飯を頼むべきだったか。ちょっと反省。アラフォーだぞ、俺。しっかりしろ。
というか俺、ここにいる意味本当にあるのか。
そんなことを考えていると、ゆきちゃんとふいに目が合った。
「なんか、斎藤さんがいてくれると安心しますね」
「ねーなんか安心するのよね」
「そうですかー?ありがとうございます。・・・ほら、いっぱい食べてください!」
仕事と同じように俺の存在意義をここでもっと見つけていかなければいけないけど、そんな使命感より先に、心がジワーッと温まる感覚がした。
「あれ、斎藤くん今日も来てるの?」
「あ、はい。最近はいつも土日には来てますよ」
「あ、そうなの」
「あ、斎藤さんだ〜!」
あ、が続いた。他愛もない会話、1日の始まり。とはいっても、もう正午だけど。
普段はサラリーマンとして働く斎藤(36)は、今春に36歳の誕生日を迎えたことを機に、自身のライフワークについて考えていた。
そんな斎藤と今話しているのは、直子とゆきである。二人は親子にみえるが、他人同士だ。
「あれ、二人の苗字って、何だったっけ・・・」
斎藤は、人の苗字を覚えるのが苦手だ。特にプライベートでは。
「私?私は高野ですよ。高野直子。あはは、忘れちゃった?」
「私は一応個人情報なので内緒です。ゆきちゃんのままで呼んでくれて大丈夫です」
斎藤の呟きにも即座に反応し、苗字を笑顔で教える二人。三人がいるここは、そういうあたたかい場所だ。
そう、ここは「農民カフェ」。
斎藤は、自身のワークライフバランスを考える第一歩として、まずは趣味を作ることを決意した。斎藤は無趣味な仕事人間であった。彼はそうであることに疑問を抱かなかったが、40歳を目前にして自分の生き方を見直し始めたのだ。
「でも、斎藤くんみたいな人がエプロン付けてここにいるって、なんか新鮮ね」
直子さんがケタケタ笑いながら、直球を投げてきた。
俺は飛び込んでみたは良いものの、果たしてここにいる価値があるのか?
そういう男らしくない考えが時々浮かんでしまう。アラフォーの俺が今更、農業ボランティアに突然参加して、料理もできないくせにこうしてエプロンをして店の顔としてここに突っ立っていていいのだろうか、と。
農業をやってみたいというのも、就農とか副業でビジネスやりたいとかそういうことではなく、ただ単に、一度きりの人生なのだから新しい趣味を持って残りの人生仕事もプライベートも楽しんでやろう、というだけのことだ。
「それにしても、お仕事もやってこういうカフェとかボランティアにも参加されていて、凄くないですか?私がサラリーマンだったら土日とか疲れて寝ちゃうなー」
「えーゆきちゃんは土日も弾丸旅行とか行きそうだけど?」
「そうですかー?そんなことないですよ。じゃあ今度行きましょうよ」
「どこに?」
「箱根とかよくないですか?」
「あー箱根?いいわねー!」
いやいや、箱根は弾丸旅行というより、日帰りとかまったり旅行要素強めじゃないか?弾丸旅行ってもっと、海外とか言い出すかと思った・・・と、余計なお世話と言われそうなツッコミを堪えながら、斎藤は料理が出てくるのを待っていた。
そう、斎藤は料理ができないので、こうして待っているだけなのである。
突然、のれんが開いた。
「はい、トマトとバジルの冷製パスタの方〜」
「私でーす」
あれ!直子さん、パスタ好きなんだ。意外。
「カツレツでーす」
「カツレツ!?」
ゆきちゃんカツレツなんて頼むのね。直子さん、ここですかさず反応。やっぱり。
「カツレツは、フランス版のとんかつみたいなものです」
あーなるほど、というように直子さんが納得する。そんな雑な説明でいいんだろうか。まぁ、一番分かりやすい説明でもあるが。
「ゆきちゃんとんかつだけでいいのー?」
「うん、大丈夫」
カツレツね。とんかつと似てるけども。そう言いたくなる気持ちは分かるけども。
美味しそうに食べる二人を見ていると、不思議と心があったまってくる。これぞ人の温もりか?いや、料理作ってないけど。
また突然、のれんが開いた。
「ゆきちゃん、これサービスね」
「えーいいんですか!」
「お味噌汁とご飯無料なんて凄いわねここ!」
このカフェは、ボランティアが運営しているので、ほぼほぼ無料である。なんて気前が良いのだろう。
俺はサービス視点が足りないのだろうか。ゆきちゃんがとんかつ、いや、カツレツだけを食べているのを見て、のれんを潜って味噌汁とご飯を頼むべきだったか。ちょっと反省。アラフォーだぞ、俺。しっかりしろ。
というか俺、ここにいる意味本当にあるのか。
そんなことを考えていると、ゆきちゃんとふいに目が合った。
「なんか、斎藤さんがいてくれると安心しますね」
「ねーなんか安心するのよね」
「そうですかー?ありがとうございます。・・・ほら、いっぱい食べてください!」
仕事と同じように俺の存在意義をここでもっと見つけていかなければいけないけど、そんな使命感より先に、心がジワーッと温まる感覚がした。