「ここは気持ちがいいくらい何もないな……」

 思わす「本当に」と返しそうになる。
 鷹司さんはスマホを取り出し、圏外だと見せてくれた。

「電話は圏外、ネットも繋がらない、バスは一日一本、隣の家まで徒歩十分……」

 これが、この町の現実(リアル)なのだ。都会とは、時間の流れがまるで違う。祖母が東京に遊びに来たとき、五分間隔の電車に驚いていた日を思い出してしまった。

「店は駄菓子屋の一軒だけ。あとは、家、家、家、そして家だ」

「見事に、民家ばかりですね」

 皆、いい人ばかりだ。都会からやってきた私にも、優しくしてくれる。きっと、観光客が押しかけても、快く対応してくれるだろう。

「いっそのこと、その辺の民家を宿にするか」

「あ、民泊! 今、流行っていると聞きます」

 民泊というのは、個人の家の一室や使っていない別荘を貸し出して宿泊してもらうものだ。鷹司さんは知らなかったようで、身を乗り出して話を聞く。

「最近、民泊新法ができたようで、年間百八十日を超えない範囲で営業するならば、届け出をして民泊事業を始められるようです」

「住宅宿泊事業、か……」

 もしも、民泊を受け入れてくれる家が複数あれば、キャンプ地を作らなくてもよくなるだろう。

「いろいろ、考えてみるとしよう」

「お願いします」

 強引に話を進める気はさらさらないようで、安心した。

「長居してしまったな」

 鷹司さんは懐から財布を取り出し、「これで、会計をしてくれ」と言って黒く輝くクレジットカードを差し出してきた。

「すみません、うち、クレジットカード使えないんです」

「そうなのか? すまない、手持ちの金がないのだが、ツケておくことはできるだろうか?」

「お出しした料理は、素人が作った料理なので、価値はありません。どうかお気になさらず」

「君はまた、そういう自分を下げた物言いをする。過ぎた謙遜は、舐められてしまうから、気を付けたほうがいい」

 そんなふうに言われても、すぐに変われるものではない。

「あの、こういうときは、どういう風に返せばいいのですか?」

「大阪では、百万円から一千万円を請求すると教えてもらった」

「な、なるほど」

 もしも、鷹司さんが料理にお金を支払うと言って、「一千万円です」なんて返したら、「払えるか!」と突っ込んでもらえるだろう。