田舎生活に車は必須だけれど、祖母は車を必要としていなかった。

 たぶん、なんとかなるだろう。

 この地の仕事といえば、農業が中心である。畑で野菜作りをする仕事から、ハウス栽培の花を育てる仕事、果樹の収穫など、よりどりみどりだ。
 他に、腐葉土を作る会社の事務や、農業資材の提案、営業などの仕事もある。

 どれも基本的に、農業に関わるものばかり。
 とりあえず、一週間くらいは家の掃除をして、遺品を整理して、部屋を整えないといけないだろう。仕事については、すべてが終わってから考えよう。

 いつも、私がこの町にやってくるとき、祖母は迎えにきてくれた。
 今日は――誰もいない。

 降りてきたのはひとりだったので、無理もないが。

 新しい一歩を踏み出す。右手は旅行鞄を押し、左手にはぬか漬けの壺を抱えながら。

 ぬか漬けは、祖母から以前分けて貰ったものを持ってきた。これから、新しいぬか床を作れるだろう。
 ぬか漬けの壺を片手に、私はやってきたのだ。

 東京の町のように、道は整っていない。ガタガタなアスファルトの道を、気合いで歩く。
 十分ほど歩いた先に、祖母の家はあった。

 まだ、祖母がなくなってから一ヶ月しか経っていない。きっと、何も変わらない姿を保っているだろう。
 そう思っていたが……。

「え?」

 祖母の家の前に、見慣れぬ立て看板が出ていた。

「和風カフェ・狛犬(こまいぬ)?」

 驚き、目を擦るが、何度見ても看板はなくならない。
 加えて玄関には、“営業中”の札がかかっていた。

 ――こんなの嘘だ。何かの間違いだろう。

 そう思って、勝手口のほうへと回り込む。裏門から敷地内へと入り、古井戸の前を通り過ぎる。庭には祖母の家庭菜園と果樹、昔ながらの洗濯竿がかかってあった。小さな池には、鯉とカメが悠々と泳いでいる。庭は、何も変わっていない。

 年季の入った木製の雨戸は閉まったまま。人の気配は感じない。
 勝手口の鍵を開いた先は、土間の台所だ。扉を開くと、ギイ……と不気味な音を鳴らしながら開く。

 が、ここでも私は驚き、腰を抜かしそうになる。

 サラサラの銀髪に赤い瞳、和装姿の青年が、祖母のぬか床をせっせと混ぜていたのだ。

「――なっ、なっ……!?」

 一方で青年も私の存在に気づき、ぎょっとしていた。何か、お化けを見たような反応である。