炊く、というのは、方言らしい。一度、「東京の人は、“炊く”なんて言わないよ」なんて言われたこともある。

 けれど私は、“炊く”という言葉が好きだ。なんだか、丁寧で、素材がふっくら煮上がるような気がしてならない。だから、気にしないで使っている。

 台所には、ぐつぐつとあずきが炊き上がる音だけが響いていた。時間が、ゆっくり過ぎていく。

 あんこが完成したら、お風呂に入った。昔ながらの、五右衛門風呂である。
 祖母の家では今でも、薪を使ってお湯を沸かしているのだ。

 外に火口があって、重ねた薪に火を入れる。フーフーと息をふきかけ、火を大きくしていった。
 ほどよい温度になったら、火を火鉢の中に移しておく。もしもお湯が冷えてきたら、また入れるのだ。

 乾かしていた板を五右衛門風呂の中に沈める。これがないと、熱した底で火傷をしてしまうのだ。

 お湯を被って、ゆっくり肩まで浸かった。少し熱いくらいだった。手で触れたときと、実際に入るのとでは、温度の感じ方は異なる。

「はー……!」

 一日の疲れがお湯に溶け出して、なくなるようだ。やはり、お風呂はいい。体のいろんなものが、リセットされる。

 また、明日も頑張ろうと、思ってしまった。

 お風呂から上がったあとは、火鉢を庭に持って行く。缶ビールとイカの干物を持ってきて、夜桜を見る。
 湯冷めしそうなので、コートを着込んだ。

 レジャーシートなんてないので、古い新聞を広げた。人の目はないので、これで十分だろう。

 縦に四等分したような月が、夜空に浮かんでいた。満月ではないが、十分明るい。特に、灯りはいらないだろう。

 イカの干物を、網を置いた火鉢に乗せた。ここから先、一秒たりとも見逃せない。
 くるくる丸くなったところで、火から下ろす。

「あ、熱っ!」

 熱したイカの干物は、触りたくもないほどアツアツだ。けれど、温かいうちに裂いておかなければ固くなる。なんとか、すべてのイカを裂く。

 そのまま食べてもおいしいが、マヨネーズに醤油、七味唐辛子を振ったものを付けてもおいしい。祖母から習った食べ方だ。

 五右衛門風呂に入ったあと、残った火を火鉢に入れて、お餅を焼いたり、干物を焼いたり、タケノコを焼いたりして食べるのは、夜の楽しみだった。

 いつもは祖母とふたりだったけれど、今日はひとり。