営業中の札を出した途端に、人の気配を感じる。

 振り返った先にいたのは、麦わら帽子に作業着を着たお爺さん。
 果物農家の佐々木さんだった。数年ぶりに会った。

 遊びにくるたびに、いろんな果物をくれた記憶が甦る。春はイチゴ、夏はスイカ、秋はブドウ、冬はリンゴなど。どれも甘くて、おいしかったのを覚えている。

「佐々木さん、こんにちは」

「うわっ!?」

 ずっとここにいたのに、驚かせてしまった。なんというか、私は信じられないくらい存在感がないのだ。

「幸代さん――では、ないか……!」

「お久しぶりです。孫の花乃です」

「ああ、孫娘の花乃ちゃんだったか! いいや、驚いた。幸代さんの若いときにそっくりで!」

 写真整理のときにも思ったが、私は祖母の若いときにそっくりなのだ。
 似ていると言われると、ちょっぴり嬉しくなる。

「“かふぇ”のエプロンをしているということは、ここで働くことにしたのかい?」

「はい」

「そうか、そうか。幸代さんの倅は都会に行ったまま戻らん、薄情なやつだからな!」

 心の中で、「本当に」と同意してしまった。

「ほら、これ、うちのハウスで採れたイチゴだ。とびきり甘いぞ」

「わー! ありがとうございます。嬉しいです」

 ルビーのようにツヤツヤ輝くイチゴをもらった。あとで、お供えしなくては。

「少し、お店で休ませてもらおうか」

「はい、ぜひ」

 店内に案内すると、つごもりさんが消え入りそうなか細い声で「いらっしゃいませ」と行った。佐々木のお爺さんは片手を上げて挨拶する。

「おっ、甘いメニューが始まったんだな。ずっと、ぬか漬けと茶しかなかったんだが」

「はい。甘味は私が作りました」

 佐々木さんは何か思い出したようで、パン!と手を打つ。そして、笑顔で話しかけてきた。

「ああ、そういえば、花乃ちゃんは、“ぱてしえーる”になったらしいな」

「はい!」

「いつも、幸代さんに怒られていたんだよ。“ぱてしえ”ではなくて、“ぱてしえーる”だってな」

 そうなのだ。女性菓子職人は“パティシエール”、男性菓子職人を“パティシエ”と呼ぶ。パティシエールという呼び方はあまり馴染みがないからか、パティシエと呼ばれがちだ。

 いちいち訂正するのも面倒なので、パティシエと呼ばれても気付かない振りをするが。

「今日は桜まんじゅうか! “ぱてしえーる”の作ったものとなると、期待できるな」