「春だったら、桜まんじゅうでしょうか?」

 祖母が毎年作ってくれた薄紅色の饅頭に、桜の塩漬けを添えたお菓子だ。中には、甘く炊かれた粒あんが詰まっていた。

「それは、作れるのですか?」

「はい。毎年お手伝いをしていたので」

「では花乃。桜まんじゅうを作ってくれ」

「わかりました」

 去年、祖母が漬けていた桜の塩漬けがあるはずだ。毎年、庭の桜で作っているのだ。
 棚を探ると、予想通り桜の塩漬けが入った瓶を発見する。

 冷凍庫に、作り置きのあんこもあった。祖母は私が突然やってきて「食べたい」と言ってもいいように、こうしてあんこのストックを作ってくれていたのだ。

 日付が、書いてある。亡くなる三日前に、作ったあんこのようだった。

 胸が、ぎゅっと締め付けられる。

 有給なんてたくさんあったのに……。今年はお正月にしか会っていない。

 電話をするだけではなくて、もっと遊びにくればよかった。そして、小学生のときみたいに、台所でふたり並んで、お菓子作りをしたかった。

 悔やんでも遅い。

「お祖母ちゃん、使わせてもらいます」

 ここで、台所につごもりさんと良夜さんがやってきた。ふたりとも、和装姿である。

 つごもりさんは、ねずみ色の半着(はんぎ)萌葱(もえぎ)色の袴を合わせていた。大人でシックな着こなしである。
 良夜さんは、若草色の半着に灰白色(かいはくしょく)の袴を合わせている。色白なので、明るい組み合わせがよく似合っていた。

 共に、邪魔にならないよう(たすき)で袖を結び、腰には獅子に似た狛犬の絵が描かれた『狛犬カフェ』の前掛けを掛けていた。

 なんというか背筋がピンと伸びた青年の和装姿は、大変美しい。こんな店員がいるお店があったら、毎日通ってしまうだろう。

 祖母がかつて愛していた人々に、心の中で感謝をしてしまう。

「これは、幸代がかけていたエプロンです」

 良夜さんから差し出されたエプロンを受け取る。ふたりの前掛けと同じように、獅子の絵がプリントされたものだった。ありがたく、使わせていただく。

「よし! では、作りますか」

 久しぶりに、桜まんじゅう作りを行う。

 最後に祖母と作ったのはいつだったか……。

 おそらく、高校二年生の春休みだろう。翌年は塾に通っていたので、遊びに来られなかったのだ。