「わかった」

 音も気配もなく、勝手口から外に出て行った。その間に、味噌汁の準備をする。

 まず、棚からカタクチイワシの煮干しを取り出す。
 祖母は前日から煮干しを水に浸けたもので、味噌汁を作っていた。水から作ったお出汁は、品のある味わいになる。ひと工夫するだけで、驚くほどおいしく仕上がるのだ。今日はないので、煮込んで出汁を作る。

 カタクチイワシの煮干しの頭とワタを取り除き、火にかける。沸騰し、アクを取り除いて、ほんのり色付いたら出汁の完成だ。

 もうひとつの鍋に、だし巻き卵焼き用の出汁を作る。こちらは、コンブとカツオ出汁だ。ぐつぐつと沸騰させる。

 十分後、つごもりさんが戻ってきた。頭や服に鶏の羽根が付着している。加えて、心なしか疲れているようにも見えた。

「あの、大丈夫ですか?」

「鶏、暴れた」

「大丈夫ではなかったみたいですね」

 そういえば、新しく引き取った雌鶏の気性が荒いとか、祖母が電話で話していたような。先に、話しておけばよかった。

 つごもりさんはトレーナーの裾をカンガルーの袋のようにして、四つの卵を運んできてくれたようだ。ありがたく、受け取った。

 冷凍庫にアジの干物があったので、それもいただく。

 つごもりさんはまだお手伝いをしてくれるようなので、一緒に庭にある家庭菜園に菜っ葉を取りに向かった。

 祖母自慢の家庭菜園も、雑草が抜かれている。きちんと、世話をしているようだ。
 現在、春野菜がみずみずしく実っていた。

 ルーコラにからし菜、クレソンにあした葉、キャベツなどなど。

 ここはやはり、春キャベツ一択だろう。キャベツに触れ、葉に張りがあってぎゅっと結球されているようなら、食べ時だ。

 つごもり君が採るという視線を向けたので、握っていた包丁を差し出した。すると、ギョッとされる。

「あ、ごめんなさい。つい、そのまま持ってきてしまって」

 包丁片手に庭に出るのは、よく祖母がしていた。私も最初に見たときは、驚いたものだ。
 こわごわと包丁を受け取ったつごもりさんに、キャベツの収穫方法を伝授する。

「キャベツを少し押して、底にある茎を包丁で切るんです」

 言われたとおり、つごもりさんはキャベツの茎をカットし、収穫してくれた。

 初めて、キャベツを採ったのだろうか。無表情なのだけれど、少しだけ嬉しそうに見えた。