「五年付き合った彼女がいるそうだが、相手も忙しいからって、なかなか紹介してくれなかったんだが、明日、会うことになって」

「わー! よかったですね」

 いろいろと順調に進んでいるようだ。農家なので、跡取り問題はシビアなのだろう。溝口さんの家のお兄さんは、上手いことやったようだ。

 よほど、明日の顔合わせが楽しみなのか、溝口さんはにこにこと楽しそうに話している。

「あ、そうだ。急なんだが、彼女に出す小洒落たお菓子なんか作ってくれないか?」

「それは大丈夫ですが、奥様が何か用意されているのでは?」

「都会の人は、田舎の菓子なんか食べないだろう」

「私は大好きですけれど」

「花乃ちゃんは、この町の人間同然だからなー」

 “この町の人間”と認めてもらえて、嬉しくなる。言われてみれば、春休みに夏休み、冬休みと、濃い時間を過ごしたのは祖母の家だ。

 東京にも友達はいたが、映画を見たり、ショッピングをしたり、カフェでお茶したりと、そういう遊びよりも、祖母と梅干しを漬けたり、裏庭のびわをもいだり、畑でスイカを収穫したりするほうが楽しかった気がする。

 こんなだから、学生時代の担任に「若さがない」とか、同級生から「座敷わらし」だなんて言われてしまうのだろう。

 物思いに耽っていたら、溝口さんの携帯電話が鳴った。奥さんから遊んでいないで帰ってこいと言われてしまったようだ。

「休憩時間は終わりだな。じゃあ、またくるよ」

「またのお越しを楽しみにしております」

 溝口さんは悩みがないようで、よかった。ホッと安堵する。

 食器を片付け、テーブルを拭いていたら、お店の扉が勢いよく開く。こういうふうに開け閉めする人は、ひとりしかいない。鷹司さんである。

「いらっしゃいませ」

 夏でも、彼はスーツである。夏用だろうが、見ているだけで暑そうだ。

「田舎の夏を舐めていた。どこも、日陰がない」

「建物がないですからね」

 ひたすら田畑が続くだけの道に、日陰なんぞない。外出するときは、日傘が必須アイテムとなっている。あるのとないのでは、大違いだ。

「今日も、外回りをしていたのですか?」

「ああ、そうだな」

 町を知り、住民に事業を理解してもらうため、日夜駆け回っているらしい。
 そんな鷹司さんの頑張りを見て、理解を示してくれる人も、ちらほら現れている。

 嬉しい変化だろう。