他にいくつか精算して回り、席に戻った彼女は、咥内で密かにため息をつく。

事務的とはいえ誰かと会話をするのは、とても疲れる。
それでなくても内向的な彼女には、話しかけるタイミングを上手く掴むことすらできずに苦労する。笹木を相手にするようなわけにはいかない。ずっと緊張し通しなので、席に戻った時にはへとへとで、喉はいつもカラカラだ。

ちらりと給湯室を見た。
たとえ他愛ない挨拶でよくても、これ以上誰とも顔を合わせたくない。

幸いなことにカウンターとパーテーションで仕切られたそこに誰もいないことを確認して、羽菜子は席を立った。

コーヒーを落としはじめると、庶務課の女子たちが楽しそうに話をしながら、給湯室に向かってくるのが見えた。
みな二十代前半で、それぞれが若さという花びらを撒き散らしながら、華やな笑顔を振りまいて踊るように歩いてくる。

彼女たちは羽菜子がその場にいても、空気かなにかのように気にすることはない。
『お疲れ様です』と挨拶すらすることもないので、楽といえば楽だった。

背中を向けるだけでいいのだから。



そういえば、と、ふと思った。

『タナカ ハナコとか、名前まで地味すぎてウケる』

彼女たちがいつだったかそう言って笑っていたことがあったけれど、それについては反論の余地がなさ過ぎて自分でも苦笑した。

名は体を表すなんて言葉があるけれど、全くその通りだと羽菜子はしみじみと思う。

恐ろしいくらい平凡な響きの通りの大人になったのだから。