「ん? なにが」

ミカンを食べ終わった笹木はコタツにすっぽりと手を入れて、背中を丸めながら首を傾げた。

「私と付き合ってるなんて言っちゃって」

イブの夜はあんなことになってしまったけれど、それはあくまでも一度限りのこととして羽菜子が頼んだからだ。そのことは重々承知している。

そして、あんなふうに保坂に対して笹木が怒ったのも、友情ゆえのことだと、それもわかっている。

でも。
『これからプロポーズしようと思ってたんですけど、なるべく早く結婚することにします。危ないんで』
あそこまで言う必要はなかったのではないだろうか、と思うのだ。

――私はうれしかったけど。


「そっか。ちゃんと言ってなかったもんな。この前、俺から言おうとしたら、お前がほら、自分から言ってきただろ? だから、しめしめって様子見することにしたんだよ」

あははと笹木は楽しそうに笑う。

「しめしめって」

「入社式で会った時からずっと決めてたんだ。いつかハナコと結婚しようって」

――ケッコン?

意味がわからない。
結婚しようって聞こえたような聞こえないような。もしかしてまだ熱があるのかもしれないと、羽菜子は不安になった。

「いま、なんて言ったの?」

「ん? ハナコと結婚するって言った」

「そんなの聞いてない」

「そりゃそうだ。言ってないし。お前のクソ真面目なとこと、その、ぶ厚い眼鏡かけてるとことか。引っ込み思案なところとか、マジ好きだ。なぁメガネっ子」

驚きすぎて、掬ったはずのリゾットがスプーンから器の中に滑り落ちた。
「な、なに言ってるの?」

――そんな冗談やめてよ。なによ、メガネっ子って。

ずれた眼鏡を慌てて直した。