笹木が殴ったのだ。

「さ、笹木くん! やめて」
おろおろしながら、羽菜子が声をかけるが、笹木の耳には届いたのか、届かなかったのか?

「てめぇ、俺の彼女に何した」
彼は鬼の形相で、転がっている保坂を睨め付けた。

飛び出そうなほど目を剥いて笹木を見上げる保坂は、驚きのあまり声にならないらしい。あわあわと口を動かした。

「あ゛!? ハナコに何したって聞いてんだよっ!」

保坂のネクタイを引っ張る笹木を止める情報システム課の面々と、後ろから笹木の上着を引っ張る羽菜子に、野次馬に向けてシッシと手を払う経理課の男性社員。

「や、やめて! 笹木くん!」
「やめろっ! 笹木」

乱れに乱れそれはもう大変な騒ぎになった。



「笹木くん……」

「ハナコ、大丈夫か?」
笹木はヒシッと羽菜子を抱きしめた。

「うん。私は大丈夫だよ……」

――多分。

「あ、あの、みんな見てるから――」



それから三十分後。


すったもんだの末、笹木と羽菜子はそれぞれの課長と共に、会議室に呼び出された。

「いいか、笹木。暴れるなよ」
「はーぃ」

扉の前に課長に念を押されてもなお、笹木は不満たっぷりの様子だった。