あきらめたようにため息をついて、保坂は名前を言った。

「見崎さんです……」

その名前を聞いた途端、羽菜子の胸にはどんよりとした黒い靄が広がっていった。

わかっていたこととはいえ、同じ女性としてどうしてそんなことができるのか。
羽菜子には信じられないし、信じたくもない。

これで問い詰めたとしても、彼女はきっとこう言うのだろう。
涙を流しながら、『そんなつもりはなかった』と。そして結局大騒ぎした自分が悪者になる。

そんな未来が手に取るようにわかった。

――ここまで言ったのだからもういい。もう十分だ。
そう思いながら羽菜子は席を立って頭をさげた。

「ありがとうございました。もう大丈夫です。今後はきっともうないでしょうし。大ごとになってしまってすみませんでした」

でも、もうそれで収まる状態ではなくなっていた。

「田中さん、大丈夫ではありません。保坂の言うとおり見崎さんが言ったのか、それは確かめなければ」

内線電話を手にした岡部課長は庶務課の課長と見崎史佳を呼び出した。

「名前が出た以上、彼女の言い分も聞いてあげましょう」
岡部課長は穏やかな笑みを羽菜子に向ける。


――それはそうなんですけど……。

羽菜子が不安気に後ろを振り返ると、総務部全員が経理課に注目していた。

ただならぬ様子に興味津々の目を向けている。

万事休す。
そんな気持ちになった。