ひたすら伝票の数字と向き合い、決まった毎日を繰り返し、毎日が毎月になり毎年になる。

神経は使うが、地味で変化に乏しいいまの仕事が楽しいかと聞かれれば、別に楽しくはないと答えるだろう。

でも、それでよかった。

人付き合いが苦手な彼女には、経理課の人々とのドライな関係にこそホッとできたし、居心地が悪いと思ったことなど一度もない。

ここで働くのは生活のため。それ以外に望みもない彼女には、この仕事に何の不満もなかった。




「出張費の精算です。お願いします」

そんな羽菜子にもひとりだけ、気を使わずに話が出来る相手がいる。

それは、「はぁーい」と間延びした返事をする、情報システム課の笹木遊(ささき ゆう) 同期の男性社員だ。

彼は、真面目を絵に描いたような羽菜子とは、真逆だ。

目元が隠れるほど伸びている髪はいつもボサボサで、服装も、いつまでもリクルートスーツに身を包んでいる羽菜子には信じられないくらい自由だ。

今日の服装も、羽織っているのは一応ジャケットだし着ているのはスーツに違いないけれど、スリムなパンツもスリムな上着も、ビジネスマンというよりはどこかのバンドマンのように見える。

スラリとした彼にはよく似合っているが、そういう問題じゃないと思う。

ここはライブハウスではなく会社なのに、それでいいの? と一度聞いたことがあるが
『一回も注意されたことねぇし。情報システム課に籠ってるのにビシッと決める必要もねぇし』
と、彼はのたまった。