吸い寄せられるようにふらふらと向かったのは、やっぱり『執事のシャルール』。

「いらっしゃいませ」
いつもと変わらないマスターの微笑みと声を聞いて、ホッとした途端ちょっと泣きたくなった。

「一昨日はありがとうございました」
「いいえ、楽しんでいただけましたか?」

「もちろん。お土産に頂いたケーキも、とても美味しかったです。ありがとうございました」

「そうですか、それはよかった。昨日は飲みに来るお客様たちを招いたんですが、皆さん映画そっちのけで」
「あらら」

ほんの少し会話をしたあと、少しばかりのお礼をこめて先にソフトドリンクを頼んだ。

――あ。
いま、とっても自然に会話ができた。

羽菜子はそんな自分に少し驚いた。

この店には五年通っているとはいえ、マスターと会話らしい会話をしたことがない。なのにいま緊張することもなく、するすると滑るように喉からちゃんと言葉が出てきた。

いま、強烈に人恋しいということもあるだろう。
でも考えてみると、こんな風に話ができる人は会社にも何人かいた。

まず経理課の人たちはみんなそうだ。
仕事のこと以外話す機会はそもそも少ないが、隣に座っている加住先輩も、岡部課長他ふたりの男性社員ともなぜだか緊張せずに話ができる。
笹木は別としても、他の課にも、何人かそういう人がいた。

彼らに共通していることは? と、考えてみた。

――みんな自然で圧を感じがない。
淡々としていて、一見冷たそうにみえても、どこか優しい……。

そうだ。みんな優しいのだ。

そんなことを考えながら、いつものように深紅の薔薇を見つめた。