「それにさ、私、知ってるんだよねー。彼女路地裏のバーにひとりで通ってるんだよ。時々見かけるんだ。いつもひとりでカウンターにいるの。あれ、もしかして男に誘われるの待ってるのかもね。だっておかしいじゃん、ひとりでバーに通うなんて」

「あやしー、パパ括でもしてたりして」
「それだ! 彼氏いるわけないしさ。フケツー!」


どれくらい、そこにいただろうか。
誰もいなくなった女子トイレで気持ちを持ち直し、経理に戻った時、隣の席の加住先輩にそっと声をかけられた。

「大丈夫? 具合でも悪い?」
「あ、いえいえ。なんかちょっと眩暈がしたので休んでました。すみません。でももう大丈夫です」

「無理しちゃだめよ」
「はい。ありがとうございます」

加住先輩は小さく微笑む。
普段は口数が少ないが、ここぞというところは優しい先輩の声に、冷えた心が少し温められた。


――まさか、会社の人に朝帰りを見られていたとは。

本当のことが混じっているだけに辛かった。
それにシャルールのことも。

『執事のシャルール』は外から中が見える。だからこそ入りやすいのだが、そこで男漁りをしていると言われるとは、夢にも思わなかった。

でもそれだけならどんなに言われても構わない。
実際通ってはいるけれど、そんなことはしていないのだから。

問題は、イブのほうだ。笹木が係わってくる。