アラサーだからって二十代の頃より神経が図太くなるわけじゃない。
悪意の固まりを正面から受けないように、心のガードが上手になるだけだ。

飛んできそうな予感を敏感に感じ取り、見ざる言わざる聞かざるを貫けば、たいした被害に遭うこともなく無事にやり過ごせることは多い。

それでもやはり、逃げそびれてしまうことがある。
イブの二日後。羽菜子はそういう状態にいた。

羽菜子にとっての女子トイレは危険がいっぱいの場所である。
うっかり自分の悪口を聞いてしまったことがあって、それからは庶務課の女の子たちが席にいるのを確認してから来るようにしていた。

でも避けられない時もある。

たとえばこんな時。
女子トイレの洗面で手を洗っていると、廊下を歩いてくる女子たちの話し声が聞こえてきた。

あとから彼女たちが来る場合はどうしようもない。


耳に届く声の中に、今一番羽菜子が恐れている女の子の声が混じっていた。

最近になってどういうわけだか強烈な悪意を向けてくる彼女の名前は、見崎史佳(けんさき ふみか)

昨日も偶然、『私、田中さんに嫌われるみたいで……』庶務課の先輩に彼女がそう告げ口をしているのを聞いてしまったばかりだ。