「田中さん、こっちのチェックを先にお願い」
「はい。わかりました」

先輩社員が置いた封筒の束を眼鏡の奥から確認した田中羽菜子(たなか　はなこ)は、キーボードを打つ手を止めた。

手元を整理して、早速レターオープナーで封筒を開ける。
封筒の中からは納品書やら請求書やらが出てくるが、羽菜子は時々慣れた手つきでそれらを仕分け、眼鏡の位置を少しずらしてパソコンに向き直った。次はそれらの突合せと入力作業。

入社してから十年、彼女は変わらない。

直毛の長い髪を後ろでひとつにまとめ、眼鏡をかけて背筋を伸ばし、ここ経理課で十年間、にこりともせずにルーティンワークをこなしている。



変わらないといえば、この経理課という部署そのものがそうだった。

基本的に仕事の内容は同じだし、人の異動もない。
五年前に定年を迎えて卒業していった当時の課長と新入社員が入れ替わるということがあったが、変化といえばそれだけだった。

窓際に岡部課長の席があり、少し間を置いて四人の社員が向かい合わせに座っている。
羽菜子の隣には先輩の女性社員加住さん、その向かいに先輩男性社員の関さん。羽菜子と向かい合って座っているのは五年前に入った後輩の男性社員石井。

五人全員が同じように固い表情で、あるいは伝票に目を落とし、あるいはパソコンに向かっている。