それでも、おまかせディナーはとても美味しいし、価格は税込千五百円なのに料理に合わせてグラスワインがつくことを思えばかなりお得なので、常連の客は多いようだった。


注文を終えたところで、羽菜子は奥の壁を振り返った。

焦げたような濃い茶色の壁の中に浮かび上がる、深紅の薔薇――。

額縁に飾られているそれは、幾重にも重なり合い、濡れたように輝いている。

ふっくりと艶やかで、どんなに見ていても見飽きないこの店のシンボリックなその花を、彼女はじっと見つめた。

静かなジャズに耳を傾けながら、頬杖をついて薔薇を見つめていると、つまらない毎日が紅い花弁によって価値あるものに塗り替えられていくような気がした。

変わらない毎日。
嫌なこともそんなにない代わりに、楽しいこともない。

"彼氏もいないだろうけど、きっと友達もいないよね。タナカ ハナコとか、名前まで地味すぎてウケる"
"寂しくないのかな。あのままおばさんになっちゃうんだよ"
"あとニ十年くらい経ったら、白髪になったあの人が、あの席にいるよね"
"きゃあ、ありえそうで、こわーい"
"でもさ、田中さんって何が楽しくて生きているんだろう?"

女の子たちが囁くそんな陰口も、燃えるような紅に吸い込まれて、溶けていく。