その日を境に、羽菜子はそこで時々、最低でも毎週金曜日。
『執事のシャルール』でディナーをとることを楽しみにしている。
アンティークなドアベルが揺れて、カランカランというという重い鈴の音が響き、
マスターの低音ボイスが耳に届いた。
「いらっしゃいませ」
古いヨーロッパを思わせるアンティーク調の設えの店内は仄暗く、ガラスシェードから洩れる優しいオレンジ色のあかりが灯っている。
長いカウンターが奥に向かって伸びている。
カウンター席がメインで、その他には向かい合わせに一人ずつしか座れないテーブル席がいくつかあるだけだの小さな店だ。
グループ客が来ても一緒にテーブルを囲むことはできないので、客は一人か二人のことが多い。
その客を迎えるのはマスター。
歳は四十代だろうか。店の一部のように雰囲気に溶け込んでいる彼は、すらりと背が高く物静かで白シャツに臙脂のネクタイをして黒いベストを着ている。まっすぐに伸びた高い鼻、涼やかな目元、意思が強そうに結んだ口。
もしも彼がチェーンつきの眼鏡をかけたら?
そんな想像をするとワクワクしてしまう。
マスターの前世は間違いなく執事だ。羽菜子は彼を見る度に、そう確信する。