向かった先は、歩いて5分走って3分の稲荷神社。奇跡的に空襲を免れた社殿は年季が入ったオンボロだけど、数年前に塗り替えられた鳥居の朱色はまだ鮮やかだ。
短い参道を進み、黒ずんで文字が読み難くなった賽銭箱の前まで来ると、弥生ちゃんに右手を差し出した。
「十円玉一枚、ちょうだい」
まだ肩で荒く息をしながら不思議そうな目で俺を見る彼女が、ファスナーに手をかけ小首を傾げる。そんな仕草は彼女にそっくりだ。
意味が通じなかったかな。ためらいつつ取り出した硬貨を彼女から受け取ると、チャリンと賽銭箱に投げ込む。
「食材をタダでもらっちゃ悪いだろう?」
鈴を鳴らして柏手を二度打つと、弥生ちゃんを促した。
「ほら。美味しいケーキが作れますように、ってお願いしなくっちゃ」
ふたり並んでの参拝を済ませ、色とりどりの落ち葉が敷き詰められた境内の片隅に、どっしりとそびえる椎の木の根元に立つ。
「じゃあ、ドングリ拾いを始めよう」
「ドングリって?」
近頃の子はドングリも知らないのか? 俺は足下から小さな木の実をつまみ上げて見せた。
「これのこと。たくさん拾って、これでケーキを作るんだ」
店から失敬してきたレジ袋を渡してしゃがむ。枯れ葉をかき分けてドングリを探す俺に釣られるように、弥生ちゃんも訳が分からないなりにせっせと拾い始めた。
お互い無言で時が過ぎる。俺が子どもの頃より数が減っているのか、なかなか袋がいっぱいにならず、夢中になって境内中を探し回っていた。
ようやく袋半分ほどになったところで、弥生ちゃんに声を掛けてみる。
「どう? ……って、すごいね」
弥生ちゃんのレジ袋は山盛りにドングリが詰まっていて、持ち上げるとポロポロとこぼれ落ちるほど。
「着物を着た女の子が手伝ってくれたんです」
彼女が「あれ、どこ行ったの?」と辺りを見渡す。着物? 七五三?? だけど俺たち以外、静かな境内には人っ子ひとりいやしない。
おいおい、そういうの苦手なんだから勘弁してくれよ。背筋に嫌な汗がひと筋流れたが、気を取り直す。ここは神社、お稲荷さまのお膝元だ。おかしなものなどいやしない、いるはずがない、ということにしておこう。