『で、旅館にはあとどれくらいで着くの?』


 細長いチョコ菓子を咥えた美輝が、結弦に訊ねた。


『あと二時間くらいだよ。もうすぐ湖が見えてきてそれを越えたら街に出るから、そこで電車に乗り換えて一時間くらいかな』


 こんな山の中まで来てるのに、まだそんなにかかるんだ。


『この七色狭(なないろきょう)の先には七色(なないろ)ダムってのがあってさ。大きくてなかなか見応えがあるんだ。琴音、今のうちに窓側と代わってあげるよ』


 結弦がカチャカチャと音を立ててシートベルトを外し、わたしを窓側の席へ座らせてくれる。

 こんな観光バスでもシートベルトを締めているなんて結弦は律儀だ。なんて感心していると、窓側へ座りなおしたわたしにもちゃんとシートベルトを締めるよう促してきた。


『ふーん、こんな田舎にも街があるんだね』


 チョコ菓子をポリポリと食べながら返す美輝は、ダムには特に興味がないみたい。
 けれど間もなくして、後部座席でもカチャカチャと席替えが行われていた。

 七色ダム……変な名前だ。虹色なのかな? そもそもダムってひとつひとつにちゃんと名前があるんだ。それさえも知らなかった。

 わたしは七色ダムというきれいな響きに密かに期待を込めて、その時を待ち続けた。