高校最後の夏休み直前。土日と祝日が重なった三連休。
今年は例年より早く梅雨明けを迎えていた。この時期の旅行は、受験生であるわたし達にとって最後の息抜きだ。
バスは山道を走り続けている。窓から見える景色は、右も左も高い木々に覆われていた。
照りつける陽射しが夏の暑さを物語り、風に揺れる新緑の葉をさらに鮮やかな緑へと色づけている。
それにしても、いつの間に山道へ入ったのだろうか……?
『おはよ、琴音』
後ろの座席に座っている美輝が、通路側からひょいと顔を出して声をかけてきた。
『やっと起きたのかよ。口半開きだったぞ』
美輝の隣に座る怜も座席の上から顔を出し、わざわざわたしの痴態を告げる。
『ちょ、ちょっと勝手に見ないでよ。もう……結弦も止めてよ』
恥ずかしさで泣きたくなるのを堪えて、なんとか怜に言い返した。
結弦がわたしの隣で『ははっ』と小さく笑う。
美輝はいつものポニーテールで、束ねられた栗色の長い髪が、バスの振動に合わせて元気よく飛び跳ねている。
陸上部に似つかわしくない長い髪は、尊敬する選手が伸ばしているからだそうだ。
バスは川に沿って山間の道をくねくねと器用に進んでいた。
隣では結弦が頬杖をついて窓の外を眺めている。
『ねえ結弦、今さらだけど本当に大丈夫なの? お祖父さん達の迷惑にならないかな?』
気になっていた疑問を、わたしは結弦に投げかけた。
『大丈夫だよ。旅館の手伝いもだけど、そろそろ裏庭の草も刈らなきゃいけないし、俺達が来てくれてむしろ助かるって言ってるよ』
結弦の柔らかな口調に少し安心はしたが、『ならいいんだけど……』と返したわたしは、結弦の彼女という立場上なんとなく胸に引っかかるものがある。
わたしは心配性で優柔不断で煮え切らない性格だ。
その上泣き虫だし思い込みも激しいし、こういうところは中学生から進歩していない。
軽い自己嫌悪に苛まれていると、また美輝がひょいっと顔を出して言った。
『結弦もそう言ってくれてるし、わたしらもお手伝いするんだからいいんじゃない? 緊張しすぎだよ、琴音は』
そう言われても、アルバイト経験皆無なわたしがお役に立てることなんてあるのだろうか?
『そんなに心配すんなよ。せっかくの旅行だろ? 夏祭りだってあるし楽しもうぜ』
余裕たっぷりな怜の態度が羨ましい。
入学当時は上級生や先生からも陸上で期待されていた怜。
なのに高校一年の夏に、自由にカッコよく泳いでみたいと言ってあっさりと水泳部に転部してしまったくらいなんだから、これくらい怜にとってはどうってことないのだろう。
でも、確かに今さらうじうじしても仕方ないし、そもそも旅館のお手伝いなんて滅多にさせてもらえるものでもない。
それならこれを機に女将気分をちょっぴり味わってみるのもいいかもしれない。
このポジティブで都合のいい思考回路は、きっとこの三人からもらったものだ。
ピアノの練習に明け暮れ常に重圧感と戦ってきた中学時代のわたしからは、想像もつかない。