どこか懐かしくて、聞き覚えがある声。

 この声は……。


「葵……?」


 驚いて目を開けると、そこにはひとりの女性が立っていた。

 わたしの記憶よりも少し背が伸びていて、声は僅かに低く、化粧がされた顔はかなり大人びているけれど、きっと葵に間違いない。

 そういえば、階段を上る前に車が一台止まっていた気がする。


「はじめまして。神谷琴音さん」

「葵っ! やっぱり葵だ! よかった、未来変わったんだね!」


 葵のもとへ駆け寄り、思わず抱きついた。


「ちょ、ちょっとあなた、落ち着きなさい!」


 葵は仰け反って慌てている。

 過去の世界で出会った葵がここにいる。

 やっぱりこの世界は、あの日からちゃんと続いているんだ。

 みんなで旅行に行けた過去の延長にいるんだ。


「葵、ありがとう! あなたとわたしがここで会ってるんだから、もう間違いないよね!」


 本当に嬉しい。

 灰色の世界に戻されたと思ったけれど、ここはみんなが生きている虹色の世界だったんだ。


「ねえ葵、結弦は今どこにいるの? それに美輝は? 怜は? わたし、今すぐみんなに会いたい!」


 葵はなにも知らないだろうから、いきなりこんなことを訊かれるとおかしく思うかな。

 けれど、今はそこまで気にする余裕はない。

 それくらい心は踊り、気持ちは舞い上がっている。

 とにかくみんな無事でよかった。


「琴音さん、落ち着いて聞いてね」

「やだ、ごめん。わたしひとりで舞いあがっちゃって……」


 申しわけないと思いながらも、弾む心は静まらない。

 そんな気持ちを冷ますように、葵は冷たい言葉を口にする。


「あなたとあたしは、初対面よ」


 酷い冗談だ。

 もしもこの再会が七年振りだったとしても、そんな言い方しなくたっていいのに。


「もしかして怒ってるの? 今日ってここで待ち合わせしてたっけ? だとしたらほんとにごめんね」


 ここで待たせていた可能性も否定はできないし、よもや朝ごはんを残して以来会っていないのだとしたら、葵が怒るのも無理はない。


「そうじゃないわ……琴音さん、落ち着いてあたしの話を聞いて」


 葵は眉根を寄せて眉間にしわを作っている。

 やっぱりその顔、間違いなく怒ってるよね?


「七年前……だよね? あのときわたし、早く結弦のとこに行かなきゃって思って。朝ごはんも残しちゃったし――」

「――聞きなさいっ!」


 遠くの山にこだましそうなくらい大きく響いた声に反応して、木々から鳥達が飛び立っていく。

 わたしは思わず言葉を切った。


「……リンネ、こっちへおいで」


 落ち着いた葵の呼びかけに、さっきの黒猫がわたしの背後から駆け寄る。

 旅の途中で何度も出会った葵の猫だ。


「琴音さん、この子のこと知ってるわよね?」

「う、うん……。リンネちゃんっていうんだ」


 尋問を受けているような重い空気。

 なにも悪いことはしていないのに。

 けれど、この先はわたしにとっていやな話だと、張り詰めた空気が予感させる。


「この子だけが唯一、あの世界とあたし達の世界を行き来していたの」


 いやだ、聞きたくない。

 今すぐ耳を塞ぎたい。


「あなたには、つらい事実かもしれないけれど」


 やめて!

 それ以上言わないで!


「美輝さんも怜くんも、この世界にはいないわ」


 …………っ!


「結弦も……もうすぐ消滅してしまう」


 ――えっ?