古い家屋に田舎の部屋。六畳ほどの和室には床の間に掛け軸が飾ってある。

 こんな朝早くに昨日初めて会った恋敵の家で朝ごはんをいただくなんて、わたしはなにをしているんだろう。

 ふいに自分のしていることがおかしく思えた。

 やっぱり変だ。


「あの、やっぱりわたし帰ろうかな。朝早くにごめんなさい」

「なに言ってんのよ。まだ電車も動いてないでしょ。それにあなたも、あたしに話があるんじゃないの?」


 どきっとして台所に目を向けると、葵ちゃんはトントンと包丁を刻むリズムに乗せて鼻歌を歌い始めた。

 なんて鋭い人なんだろう。

 でも、考えてみるとわたしが勝手にヤキモチを妬いているだけだ。

 これのなにをどう話せばいいの?

 惨めで、情けなくて、かっこ悪くて、言えるわけがない。


「先に言っておくけど、結弦とはなにもないわよ」


 ……え? もしかして心読まれた? なにをどこまで知ってるの? これも猫が教えてくれた、なんて言うつもり?

 縁側で気持ちよさそうに顎を蹴る黒猫を見て考えていると、ジューっと鉄板にたまごを落とす軽快な音が響いた。

 同時にいい香りが鼻腔をくすぐってくる。


「これはあたしの想像だけど」


 たまごを炒める音に負けないようにか、葵ちゃんの声はさっきより少し大きい。


「結弦はあなたに、もう一緒にいられないとか、そんなこと言ったんじゃない?」


 図星だ。

 どこに間違いがあろうか。

 句読点でいちいち声が大きくなるのが、呆れられているみたいに聞こえて感じが悪い。


「でも、その言葉の意味をあなたはわかっていない」


 なにそれ? 嫌味? わたしはちゃんとわかってる。結弦はもうわたしを好きじゃなくなったから、葵ちゃんのことが好きだと気づいたから、だからわたしに別れを告げたんでしょ。


「ちゃんとわかってるよ。あなた達がどれほど仲がよかったかなんて。昨日の見たら、わかるもん」


 不貞腐れ気味な声で、ささやかな抵抗を試みる。


「ほらわかってない」


 朝ごはんを運んできた葵ちゃんがお皿をテーブルに置いて、またもや呆れ気味な口調で言った。

 なにが、『わかってない』なの。そっちこそわたしの気持ちをわかってない。

 わたしは益々ぶすっと不貞腐れた。


「残り物でごめんね」


 そして用意してくれたメニューへの謙遜。

 性格がいいのか悪いのかわからない。

 玉子焼きはたった今作ってくれたもので、お皿の隅にはお漬物が添えてある。

 葵ちゃんはそのまま台所へ戻ると、次は具沢山のお味噌汁を持って来てくれた。

 これが昨日の残り物なのかな……。

 気づけば朝ごはんの話に戻っている。この子のペースに翻弄されちゃだめだ。


「あ、ありがと」


 続きを聞きたいのに、次々と運ばれてくる残り物と称したおかずに言葉が詰まってなにも言えない。

 里芋の煮っころがし、ふきの青煮、アジの干物、梅干しと焼きのり。……どれもおいしそう。

 最後に山盛りのごはんがどんっと置かれたところで、違う疑問が湧いた。


「あの、他の御家族のかたは?」

「お父さんとお母さんは海外出張中でいないわ。おばあちゃんは畑よ。いただきまーす」


「そうなんだ……」と呟くと、わたしも両手を合わせて「いただきます」と言い、用意してくれた朱色のお箸を手に持った。