【わさび小僧】を完食すると、それからはたくさん遊んだ。
お菓子も食べたしジュースも飲んだ。
結弦のお祖母さんが撮ってくれた浴衣写真を見て、怜が「グラビアみてえ」とけらけら笑ってからかっていた。
結弦はウノとオセロを持ってきていて、普段はしないことが特別な遊びみたいに思えて楽しかった。
ゲームが苦手な結弦は何度もビリになった。だからわたしとペアを組んで、美輝、怜ペアと闘う。ゲーム大好きなふたりのペアにはそれでもやっぱり勝てなかったけれど、夢中になって何度も挑んだ。
――辺りはしんと静まりかえり、気がつけば深夜になっていた。
「もう、こんな時間か」
結弦があくびをかみ殺して言った。
「朝までってわけにもいかねえな。今日すっげえ動いたし」
怜はキャンディーを口にしたまま、大きなあくびを惜しげもなく披露する。美輝は半分眠っているのか、こっくりこっくりと船を漕いでいた。
「美輝、そろそろ部屋に戻ろうか」
美輝の肩をとんとんと叩くと、眠そうに目を擦って小さく頷いていた。
疲れているときの美輝は小動物みたいでかわいい。
「じゃあ、そろそろお開きにしようか。明日は八時に朝食だから、頑張って起きるんだよ」
「うん、結弦も怜もおやすみ。また明日ね」
「あぁ、おやすみ」
結弦に続いて、美輝と怜も「おやすみ」と挨拶を交わす。
楽しい時間が終わる瞬間は淋しい。
学園祭でも体育祭でも、準備をしているときが一番わくわくしていて本番はあっという間だ。
その規模が大きければ大きいほどに、家に帰り自分の部屋に入った瞬間の淋しさも大きくなる。今がその瞬間に似ている。
本当は名残惜しい。けれど、ずっとこうしているわけにもいかない。
重くなった足をなんとか伸ばして部屋へ戻ろうと立ち上がり、障子に向かって右足を一歩出したときだった。
突然わたしは、結弦に抱きしめられた。
「え? ちょ、なに? どうしたの結弦」
突然の抱擁に戸惑っているのはわたしひとりだけで、美輝も怜も視線を畳に落として、ただ俯いている。
「ごめん。ちょっとだけ、このまま……。琴音がいなくなる前に」
わたし達を見ないようにしているのか、美輝がふいっと横を向く。前髪で隠れてしまっていたけれど、その横顔が泣いているようにも見えた。
怜は下唇を噛んでいる。まるで、涙をこぼす前兆のように。
「ちょっと、みんなどうしたの? わたし、いなくなったりしないよ」
そう伝えても、結弦の腕はわたしを離してはくれなかった。
無言の時間が流れていく。まるで世界の終わりのような静けさに、わたしの鼓動が速くなる。
わたしは生きている。いなくなる理由なんてなにひとつないのに、結弦は「いなくなる前に」と、そう言った。
「ねえ結弦。わたしはここにいるよ。いなくなったりなんかしないよ。そんなふうに言われると、なんだか怖いよ」
不安な声を漏らすと、結弦の腕がわたしの体からほどけた。
「ごめん琴音。変なこと言っちゃったね。部屋に戻る前にって意味だよ」
結弦はいつものように、穏やかに笑っていた。けれどその顔はどこか物憂げで、わたしはまだ安心できなかった。
「美輝、わたしいなくなったりしないよね。ねえ怜、わたし消えちゃったりしないよね」
不安な気持ちが募り、徐々に大きくなっていく。
「大丈夫だよ、安心して。琴音は消えたりなんかしないよ」
「変な心配すんな。てか、今のは結弦の言いかたがわりい」
冷静な怜の言葉に、結弦が「……ごめん」と呟いた。
「いや、怒ってるわけじゃないよ。嬉しかったんだけど、唐突でちょっとびっくりしちゃったっていうか……」
肩を落とす結弦を慰めようと、わたしは無理に笑ってみせた。結弦もいつもの微笑みで返してくれる。
「じゃあ今度こそ本当に、ふたりともおやすみ。引き止めちゃってごめんね」
本当はわたしも、もっと結弦といたかった。
でも、明日になればまた会える。これからもずっと一緒なんだから、と自分に言い聞かせ、わたし達は「おやすみ」と告げて部屋へ戻った。