浴場から部屋に戻ると、葵ちゃんの駄菓子屋で買ったお菓子や夏祭りの前に撮ってもらった写真を持って男子部屋を訪れた。
結弦に迎えられて部屋に入ると、うつ伏せに寝っ転がっている怜が座布団に顔を押しつけていた。
怜が……泣いている?
顔は見えないけれど、小刻みに震える怜の体がそれを伝えている。
わたしは驚いて美輝を見た。いつもなら真っ先に「どうしたのよ」と駆け寄るであろう美輝がなにも言わないことにも違和感を覚えた。
顔を伏せて声を押し殺していた怜は、わたし達に気づくと慌てて抱えていた座布団を敷いて、その場に座り直した。
誰も口を開かない。口を開いてはいけない気がした。この静寂が壊れると、この四人がばらばらになってしまうような気さえしてくる。
その沈黙を破ったのは、怜だった。
「いや、わりいな。今食った駄菓子がすげえ辛くてさ」
怜は誤魔化すように小さく笑うと、葵ちゃんから餞別と渡されたお菓子に手を伸ばした。
手に取ったのは【わさび小僧】という駄菓子だ。封を切ると、おもむろにそれを口へ放り込んでいた。
「これ、つんとするんだよなあ」
怜は顔をしわくちゃにして、大粒の涙をこぼしている。いくら名前にわさびが付くからといっても、そこまでからい駄菓子があるのだろうか。
きっと涙をからさのせいにしてるんだな。そんなのずるいよ、怜。
「じゃあ、俺も」
そう言って結弦も【わさび小僧】を食べると、瞳にじわりと涙を浮かべた。
結弦まで泣いていることに驚いたけれど、それを見てわたしは嬉しくなった。
きっとみんな淋しくて、本当はこの旅を終わらせたくないんだ。それが自分だけじゃなかったことに安心する。
美輝がやれやれと笑って、「はいっ」とわたしにも【わさび小僧】を差し出した。
初めて食べる駄菓子。封を切って中から薄っぺらいそれを取り出すと、わさびの香りがつんと鼻をくすぐった。
そんな辛い駄菓子があるものかと、わたしはためらわずにそれを口に放り込んだ。その瞬間本物のわさびみたいな刺激が鼻を抜けていく。これは強烈だ。
続けて美輝も【わさび小僧】を口に入れると、すぐにぽろぽろと泣き始めた。
傍から見れば実におかしな光景だろう。高校生四人が、次々と駄菓子を口にしては泣いているのだから。
けれど今この瞬間、わたし達四人は葵ちゃんの駄菓子を通じて、心を通い合わせている。
この旅を、心から楽しかった思い出を、みんなの心にしっかりと刻みつけて、その気持ちを繋いでくれた駄菓子。
この駄菓子を餞別と言って渡してくれた葵ちゃんに、わたしは心の中でお礼を告げた。