旅館に戻ると、ロビーには誰もいなかった。

 最後の夜なのにこのまま寝てしまうのもなんだか勿体ない。そう思ったわたし達は、お風呂のあとに男子部屋に集まることにした。

 部屋に戻ると着替えを用意して、美輝と温泉へ向かった。


「浴衣脱ぐときってさ、なんか名残惜しいね」


 美輝がぽつりと呟いて、その物憂げな笑顔にわたしは短く「そうだね」と返した。

 お祭りの余韻が、浴衣の帯を解くのと同時に薄れていくのが淋しい。

 洗い場で軽く汗を流すと、いつもどおり露天風呂へ浸かった。

 お湯のぬめりが疲れた身体を包み込む。背中に当たる岩の感触が気持ちいい。

 美輝も目を閉じて、旅行最後の温泉を噛み締めているようだった。


「旅行も、あとちょっとで終わっちゃうね」


 目を閉じていた美輝に話しかけると、美輝は小さく頷いて言った。


「わたし花火大会って大昔に観たきりだから、初めて観るくらい感動したよ。いつかまた観たいな」


 そう言って見せた美輝の笑顔は、花火のように輝いて散る儚さではなく、まるで空から弱々しく降ってきては、地面に吸い込まれて溶けて消えてしまう雪のような儚さだった。


 美輝にいつもの元気がない……。


「観れるよ、また来年も一緒に観ようよ。来年だけじゃなくて再来年も、そのまた翌年も、ずっと!」


 美輝を元気づけたくて思わず立ち上がると、お湯のしぶきが美輝にかかった。


「ちょ、琴音。興奮しすぎだって」


 美輝が笑ってしぶきを払う。いつもの笑顔だ。美輝がやっと笑った。

 わたしは嬉しくてさらに美輝へばしゃばしゃとお湯をかけた。


「ちょっと琴音! なにすんのよ、やめてって」

「あはははは、だって美輝、やっと笑ってくれたんだもん! 嬉しい!」


 素直な気持ちを言葉に乗せる。

 それが苦手だった。できなかった。

 照れくさくて恥ずかしくて、していいかどうかもわからなかった。

 そのままざぶんとお湯に潜ってまた飛び出すと、普段から美輝に言えてなかった言葉を伝えた。


「わたしね、美輝が大好きだよ。もちろん結弦への好きとは違うけれど、美輝も怜も大好き。これからもずっと一緒にいてね」


 一瞬照れたような顔を見せた美輝は、わたしと同じようにざぶんとお湯に潜ってから飛び出して言った。


「ありがと! わたしも琴音が大好きだから、これからもずっと、ずーっと琴音のこと見守ってるよ」


 わたしたちは頭からずぶ濡れのまま、しばらく湯舟で笑いあった。


 お湯に紛れて、涙も流れていたかもしれないけれど、それはお互い秘密のままで……。