「ありがとう。ふたりとも働き者で大助かりだわ」
長谷川さんが胸の前でぱちぱちと両手を鳴らすと、美輝が確認を取った。
「あとは客室の布団とか、洗い物運びですよね」
「そうね。でもその前にそろそろチェックアウトのお客様がお見えになると思うから、一緒にお見送りしましょうか」
これは嬉しい提案だった。バスで怜に楽しめと言われてから、女将気分を楽しんでやろうと密かに企んでいたわたしには、ぴったりの仕事だ。
あれ――?
怜とそんな話、いつしたんだっけ……?
あれは確かにバスの中での会話だ。昨日はバスに乗るまでは曖昧だけれど、バスで目が覚めてからの記憶ははっきりしている。
しかし、怜とそんな話はしていない。わたしはずっと取り乱していただけだ。
それならバスに乗って眠るまでの間にしたのだろうか? でも、怜に楽しめと言われたとき、バスは確かに山道を走っていた。わたしが山道に入ったことに気づいたのは、起きたあとのことだ。