「ありがとう、美輝。そうだね、そう思うことにする。それで、美輝は怜とどんなこと話したの?」
切り返しの問いかけに、美輝は人差し指を顎に当てて天井に目をやりながら言った。
「わたしらは大した話はしてないよ。漫画の話とか、それくらいかなあ」
「なんて漫画? 最近のやつ?」
「えっと、【もう一度、君に片思い】だよ」
それならわたしも知っている。確か主人公の男の子が、病気ですべての記憶をなくしてしまった彼女と、もう一度最初の出会いからやり直す物語だ。
「あの漫画って、アニメの続きがあるんでしょ? わたしも読んでみたい」
「うん。実は怜が好きでさぁ。それでわたしも読んでるうちにハマっちゃったんだ」
懐かしいタイトルで、頭の片隅で忘れられていた記憶が甦る。
「怜にしては意外だね。そういえば漫画で思い出したんだけどさ、今度映画観に行こうよ」
「映画って、今なにやってたっけ?」
「わたし、観たい映画あったんだ。【未来の虹を求めて】ってやつ」
「……っ!」
途端に美輝の表情に影が落ち、暗闇でもはっきりわかるくらい、その表情はみるみるうちにこわばっていく。
「ど、どうしたの? 美輝」
なにか気に障ることを言ってしまったのだろうか?
「あの、もしいやだったら結弦と行くから、無理しなくていいよ」
「違うの。いやとかじゃなくて……ただ、どんな映画だったかなって思い返してただけ」
「ああ、えっとね、事故に遭った幼馴染みを助けるために、ひとりの女の子が何度も過去をやり直して……」
「――やめてっ!」
美輝が大声でわたしの話を遮った。初めて見るその剣幕にわたしも言葉を失ってしまい、一瞬の静寂が訪れる。
「ご……ごめん、急に大きな声出しちゃって」
美輝の呼吸は、はあはあと荒くおかしいくらいに乱れている。
「大丈夫? ごめんね。ホラーじゃないんだけど、美輝こういうの苦手だったっけ?」
「あ、うん。いや、事故に遭ったってとこにちょっと怖くなっちゃって……。ほら、一応昼間のあれも事故でしょ? だから……」
迂闊だった。なんて馬鹿なんだわたしは。自分で自分を殴りとばしたい。
バスの中で事故に遭うだのなんだのと散々恐怖を煽っていたくせに、大事に至らなかったことに安心してしまって、美輝がどう思っていたかを考えていなかった。