俺の名前は寺原勤。とあるお寺の三男坊として生まれた。
俺の父さんは住職な訳なんだけれども、その父さんに小さい頃から何度も言われている事がある。
「いいかい、もし見えてはならない物が見えても他の人に迂闊に話してはいけないよ。
でも、その見えてはならない物が害をなそうとしたら立ち向かうんだ」
初めのうちは『見えてはいけない物』と言うのが一体何なのかが解らなかった。
けれども、小学校に上がってから父さんの言っていた事が何となく解った。
『見えてはいけない物』と言うのは、所謂『お化け』の事なんだと。
父さんに色々教わって、俺は悪いお化けのような物を何とかする方法を覚えた。
その方法は、退治する物だったり浄化する物だったり、色々だ。
三男坊と言う事で寺を継ぐ必要は無い俺だったが、どうやら兄弟の中で霊感が一番強いのが俺らしく、お祓いの時に使う札を書くのは俺の役目だった。
そんな俺が高校に入り、これから高校生活をエンジョイするぞと言う時に、あるクラスメイトが目にとまった。
背が低く、いつも物憂げに本を読んでいる男子生徒。
その特徴だけを見るのならば別段気にする必要は無いのだが、俺が気にした理由は彼の左手に有った。
彼の左手の中指に、煌めく光の指輪が填まっているのだ。
この学校は勿論、指輪などのアクセサリーの着用は校則違反になる。
しかし、彼の指に填まっている指輪は特に何も言われる事はないだろう。
彼の指輪は、他の人には見えない特別な物だから。
あの指輪を気にしたのがきっかけで、俺はあの彼、柏原カナメに話しかけるようになった。
何となくあの指輪は一体何を意味している物なのかが知りたかったのだ。
初めて話しかけた時、彼はおどおどした様子を見せたけれど、今では昼休みに一緒にお弁当を食べる仲までにはなった。
「カナメ、まだ部活とか入ってないみたいだけどこのまま帰宅部続けるのか?」
「え? ちょっと前に漫研に入ったよ。
でも、それ言ったら勤も帰宅部じゃん」
「そうなんだけどさ。
俺は帰宅部のままバイトでも探そうかなって」
たわいのない話をしながら過ぎていく時間。
カナメには言えないなぁ、本当はバイトを探すつもりなんじゃなくて、日々お祓いの仕事を家に帰るなりしてるなんて。
でも、カナメは意外とスピリチュアルな物が好きなようで、偶にタロット占いの本なんかも読んでいる。
流石にカードの意味は覚え切れていないらしく、占いをする時は本を見ながらなのだけれど、少し前に試しに占って貰ったらなかなかの的中率だった。
的中率、と言ってもまだ結果が出る程未来に進んでいないのだけれど、過去の事はかなり言い当てられてしまった。
驚く俺にカナメは、こう言う占いは誘導尋問的な所もあるから。と笑っていたけれども、それにしてもなかなかの腕前だ。
そんな感じで占いの上手いカナメの事だ。背は低い物の、優しく、それなりに整った顔立ちも後押ししてか、占い好きの女子達から囲まれている所も偶に見掛ける。
いつでもタロットカードを持ってきている訳では無いので要望に応えられない事も多いと言っているが、実の所はわざとカードを持ってきていないのでは無いかと思う事もある。
占いというのは結構神経を使うようで、何人か立て続けに占った後、ヘロヘロになっている所を見た事があるからだ。
お弁当を食べ終わった俺とカナメは弁当箱をしまって一緒の机を囲んで話をしている訳なのだが、カナメはずっと手元に視線を向けている。
元々人と視線を合わせるのが苦手と言っているのだが、今は別の理由だ。
毛糸を鞄の中から引っ張りつつ、編み針で毛糸を編んでいる。
最近のカナメのマイブーム、編みぐるみを作っているのだ。
カナメが視線を手元に落としているのを良い事に、俺はカナメの左手をじっくりと観察する。
あの光の指輪の変化を見ているのだ。
光の指輪は、時折輝き方が変わる。
落ち込んでいる時に輝きが弱くなったり、他にも突然輝きが増したりするのだ。
輝きが増している時は機嫌の良い時か調子の良い時なのだろうかと思って居たのだが、どうにも違う様子。
体調が悪い時でも強く煌めいている事があるのだ。
不思議に思って暫く観察した結果解ったのは、カナメが何かを作っている時に、輝きが増すと言う事。
一体何なんだろうなぁ……
「そう言えば勤。
最近家の手伝い忙しいの?」
考え事をして少し上の空になっていた所にそう訊ねられて、一瞬言葉に詰まる。
不思議そうに俺の事を見てるカナメに、俺は笑って答えた。
「あ~、結構父さんのスケジュール管理とか、あと、お祓いに来た人のおもてなしの手伝いとか色々有るな」
「そうなんだ。
お寺さんなんてお墓参りの時と法事の時しか行かないから何やってるのか解らないんだよね。
お祓いもやってるんだ」
「ほら、厄払いって有るじゃん。あれよ」
俺が自分のお寺の業務の話をすると、カナメは意外といった顔をして聴いている。
どうやらお経を上げたり修行をしているイメージが強かったようだ。
まぁ、日本国の国民は宗教に対する執着が薄いから、自分が属する宗派の事でも余り知らない人が大多数だろう。
そんな話をしている内にも時計の針は進み、予鈴が鳴る。
カナメが編みかけの編みぐるみをしまっている間に、俺は自分の席へと戻っていった。
その日の授業も終わり放課後になった。
いつもは放課後すぐにカナメと一緒に学校を出る。
俺がバス通学でカナメは自転車通学なのでバス停まで一緒に行き、そこで別れるのだ。
しかし、今日はカナメが放課後用事があると言って学校に残っている。
何かと思ったら、漫研の会誌に載せる原稿の締め切りなのだという。
「え? もしかして出来上がってないのか?」
俺の問いにカナメはきょとんとして答える。
「出来上がってるから後はすぐ会長に渡せるよ」
それなら、渡してすぐに帰れるなと言うと、今度はこう返ってくる。
「その後会長がすぐに編集して印刷から製本まで流れるように作業があるらしくって、僕も手伝わなきゃいけないんだ。
だから、勤は先に帰っててよ」
なる程、そう言う事か。
俺と違って部活に所属しているとなると、普通はこう言った事が有るのが当たり前だ。
俺の学校の漫研は部室という物が無く、皆原稿は家で描いていると言う事で、普段は特に拘束時間が無いらしい。
ふと、カナメが描いた原稿が気になった。
「カナメってどんなの描いてるんだ?
折角だから見せてくれよ」
「え? 僕が書いてるのは小説だけど、それでも良ければ」
漫研なのに小説を持っていくとか、結構肝が据わってるな。
そんな事を思いつつ原稿を受け取ると、文章に目を通す前から何か違和感を感じた。
実際に存在する紙の質量よりも、何か大きな物を感じたのだ。
インクか? それとも見た感じ挿し絵も入っているし、スクリーントーンの分重いのか?
存在以上の質量を感じる理由がわからないまま、ざっくりと目を通しカナメに原稿を返す。
「もう読み終わっちゃった?」
「いや、ざっくり見ただけ。
会誌になって各クラスに配布されたらまたじっくり読むよ」
「そう? 他の人も原稿頑張ってるから、会誌楽しみにしててくれると嬉しいな」
そう照れたように笑うカナメの左手では、光の指輪が眩しい程に輝いていた。
ゴールデンウィークの真っ只中、俺は学校の休み中でもなかなか一日を使って遊ぶと言う事が出来ていなかった。
理由は簡単。学校が休みの内に、寺に来た除霊依頼を受けているのだ。
今日もとあるお宅にお邪魔して、邪気を払う鈴を鳴らしている。
リーンリーンと音が鳴ると、家の中の隙間という隙間から何者かが覗き込んでくる。
目を見開き、隙間に潜むそいつ等は『スキマ』と言う、名前通り隙間に居座る霊だ。
基本的に覗いているだけで害はない事が多いのだが、この家のスキマは嫉妬、恨み、その他様々な怨念に影響を受けてしまい、家の住人に害をなす様になってしまっていた。
鈴の音を鳴らし続けると、スキマ達が威嚇の声を上げ一丸となって飛びかかってくる。
しかしこう言う状況も慣れた物。俺は反対側の手に持っていた水晶の結晶をスキマ達に向け、念を込める。
「破ァー!」
掛け声と共に水晶の結晶から光が放たれる。
その光を浴びたスキマ達は、瞬く間に消えていった。
スキマの対応を済ませた俺は、家主に除霊完了の報告をする。
そして、今後この様な事が無いようにどうしたら良いかと訊いてくる家主にこう伝えた。
「この家と、あなたには様々な怨念が向けられています。
事前にお話を聞いた限りですと、随分とあくどい事をなさっているようですね。
今後はそのような事は慎み、人の為になる事をしていけば、自ずと幸福が訪れてくるでしょう」
俺のこの言葉に家主は納得がいかないと言った顔をするが、取りあえず今回の除霊料は払って貰えた。
この、金に物を言わせる態度が怨念を招いていると言う事がわからないもんなのかね……
ゴールデンウィーク最終日、俺はようやく一日休める日を作る事が出来、カナメと遊ぶ約束をしていた。
遊ぶと言ってもこの近辺だとカラオケに行くかファーストフード店やファミレスで駄弁る位しか出来ないのだが。
今、学校最寄りの駅から三駅ほど離れた街で待ち合わせをしている。
この街は俺達が住んでいる所と比べるとだいぶ栄えている所だ。
カナメ曰く、ここまで来ないと画材屋が無いとの事なので、折角だからここまで来る事になった。
ここまで来ればゲームセンターなんかもあるし、遊ぶには良いだろうと思ったのも有る。
時計を気にしながら改札前で待つ事暫く。
カナメも大概待ち合わせ時間よりも早めに来るタイプではあるのだが、今日に限って俺が時間の目測を誤って三十分も早く来てしまったのだ。
待ち合わせ時間十五分前となった辺りで、改札口から知った顔が出てきた。
カナメが到着した訳なのだが、その姿を見て俺は思わず表情を固めてしまった。
何故かというと、ゴールデンウィークが始まる前には憑いていなかった霊的な物がカナメに憑いていたからだ。
それがどんな物かというと、メタリックなボディで背中に緑色の石をびっしりと敷き詰めたカエル。
当然カナメはその存在に気付いていない。
「あ、勤、待たせちゃった?」
「あ、あぁ、多少は待ったけど……」
そんなやりとりをしながら俺がカナメの顔とカエルを交互に見ていると、カエルがカナメの頭の上で会釈をした。
この様子だと悪い憑きものでは無いだろうし、気にしなくても良いかな?でも気になる……
俺の心中を全く察していない様子のカナメは、早速画材屋のある方へと足を向ける。
画材屋までの道のりで、カナメがこんな事を言った。
「そう言えば、石の販売イベントに行ってきたんだよね。
買った石を少し持ってきたから、後で勤にも見せてあげる」
「おう、楽しみにしてるわ」
そこで会話が途切れた。
視線を足下に落とし、時折唇を尖らせているカナメ。
多分、画材屋で何を買うかのリストを頭の中に作っているのだろう。
数歩分静かにしていると、今度はカナメの頭の上のカエルが口を開いた。
「あたしね、ご主人様が買った石に付いてきたの。
勤様はあたしの事が見えるみたいだけど、ご主人様には内緒にしてて欲しいケコ」
俺は黙って頷く。
このカエルが言っているご主人様というのは、カナメの事だろう。
しかし、カエル系の霊となると、良く聞くのは銭ガエルという、お金を貯める習性のあるカエルだ。
けれどもこのカエルはどう見てもお金を貯めるようなカエルには見えない。
一体どういう物なのだろう?その言葉を念にしてカエルに向けると、こう答えが返ってきた。
「あたしは宝石ガエルって言う種類のカエルなのね。
お金じゃ無くて宝石を食べるケコ。
でもね、あたしがご主人様に付いてきたのは宝石が食べたいからじゃ無いケコよ。
何となく、ご主人様に付いていてあげないといけない気がしたの」
なるほど。このカエルはカナメを守るつもりで憑いてきたのか。
それなら特に警戒する必要は無い。
俺はカエルに、これから宜しく。と念を送った。
画材屋で用事を済ませた俺達は、近くのファミレスでお昼ご飯を食べていた。
「僕飲み物取ってくるね。
勤は何が飲みたい?」
「俺?じゃあアイスコーヒーよろしく」
カナメがドリンクバーに行って暫く待つと、コップを二つ持って帰ってきた。
片方は確かにコーヒーなのだが、もう片方はなんか得体の知れない色をしている。
「はい、コーヒー」
「お、おう」
差し出されたコーヒーを受け取りながら、俺は訊ねた。
「あのさ、お前の分の飲み物何?
変な色してるんだけど」
するとカナメは至って普通にこう答える。
「お茶一、メロンソーダ一、コーラ一で混ぜたやつ。飲んでみる?」
「嫌な予感しかしないから遠慮しとく」
そうこうしている間にも料理も運ばれてきて、俺達はお腹を満たしたのだった。
食後、未だドリンクバーを頼りにファミレスに居座っている訳なのだが、食べ終わった食器を脇に避け、カナメが買ってきたという石を見せて貰っていた。
綺麗な形の原石や、輝くように磨かれた宝石など、色々有る。
俺も仕事柄原石……と言うよりはパワーストーンのお世話になる事が多いのだが、実は石にはこんな話が有る。
笑い石と泣き石。
笑い石というのは持ち主に福を呼び寄せてくれる物なのだが、泣き石というのは持ち主に不幸を呼ぶと言われている。
泣き石の例として有名なのは、ブルーホープというブルーダイヤだ。
ブルーホープは幾多の人の手に渡っては不幸を招いたと言い伝えられる石で、今は誰の所蔵でも無く、博物館に置くことで災いを避けている。
そう言う謂われがあると、カナメが買ってきた石はどうなのだろうと思ってしまう訳なのだが、一瞬判別が付かなかった。
「これ、ちょっと手に取って見て良いか?」
「うん。良いよ」
カナメの許可を得て石を一つずつ確認していくと、どうやら石は皆笑い石のようだ。
ただ、普通の笑い石とは違う点がある。
この石達は不当な扱いを受けたのか元からの性質からなのかは解らないが、皆拗ねているのだ。
この石をカナメの手元に置かせておいて大丈夫なのか思わず悩む。
すると、それに気がついたのか、カエルがテーブルの上に降りたって石を優しく撫で始めた。
「大丈夫ケコよ。ご主人様はきっと、大事に大事にしてくれるケコよ」
カエルが石に言葉を掛けると、拗ねていた石達から喜びのオーラを感じられるようになってきた。
なるほど、このカエルはこんな事も出来るのか。
このことを知った俺は今後こっそり、浄化しても疲れが取れない石を、このカエルに癒やして貰おうなどと思ったのだった。
ゴールデンウィークも過ぎた頃に、俺達の学校の文化祭について話題が上がった。
中学の頃は文化祭は秋にやっていたので、梅雨の時期に文化祭をやるというのは意外だった。
文化祭の出し物はどうするかというクラス会議が開かれる訳なのだが、出てくる意見が飲食店ばかり。
確かにそれなら事前準備もそんなにしなくて良いだろうし、目立ちたがり屋な奴なんかはウェイターやウェイトレスをやって目立つことも出来る。
結局、俺のクラスは駄菓子とお茶やコーヒーを提供する駄菓子喫茶なる物をやる事になった。
しかし喫茶なぁ……聞いた話によると音楽科のクラスなんかが音楽喫茶を開くらしいし、そっちに客が取られるんじゃ無いかとは思うんだがね。
やや不満はあるが、俺も特にやりたいことは無いしで文句は言えない。
釈然としないままクラス会議を聞いていたら、誰が接客をするのかという話になってきた。
部活の出し物の都合でクラスの方には顔を出せない人も居るので、そのすり合わせだろう。
俺は裏方に回りたいなと思いつつ、カナメがどうしているかこっそりと見てみると、我関せずと言った顔で視線を泳がせている。
ところが突然こんな事を言い出す奴が。
「柏原君にウェイターやって貰いましょう!
占いも得意みたいだから、希望者には一回いくらで占いもやって貰ったらどうかな?」
その言葉にカナメが身を固める。
まさか自分に矛先が向くとは思っていなかった様で、戸惑いの表情が浮かんでいる。
カナメの様子に他のクラスメイトは一切気付く様子も無く、話を進めていく。
カナメがウェイターをすることが既に前提になってしまった辺りで、発案者がカナメに占いの料金を訊ねる。
すると、カナメは気まずそうに、小声でこう答えた。
「あの、僕は漫研の店番をしないといけないから、クラスの出し物には出られそうに無くて……」
すると今度は、漫研の休憩時間が有るだろうから、その時にクラスの出し物に顔を出して接客をしろと言い出した。
流石にこれは俺がカチンときた。
「お前等カナメのこと何だと思ってんだよ!
文化部は部活の出し物があるからクラスの方には出なくて良いって事になってるだろ」
思わずきつい口調で吐き捨てると、他の女子がこう返してくる。
「寺原君はそう思ってるかもしれないけど、柏原君はやりたいかもしれないじゃん?
ねぇ、柏原君、やりたいよね?」
「え? 僕、今さっき出られないって言った気がするんだけど?」
役職を押しつけてくる女子の言葉に、先ほどまで怯えていたカナメが意外とするりと反論した。
しかしその言葉にも女子陣が折れない。
男子の方はそろそろ勘弁してやれよと言う雰囲気なのだが、女子達はそんなに占いをやらせたいのだろうか。
最終的にどうなったかというと、
「うん……漫研の会長にお願いして、午前中一時間だけはこっちに出られるようにする。
それで良い?」
と、カナメが折れる結果となった。
そして文化祭当日。
俺も駄菓子喫茶のウェイターを任されてしまって接客をしているのだが、これがなかなかに面倒くさい。
始めの一時間だけと言う条件でウェイターをやっているカナメは、洋裁が得意な親が居ると言うクラスメイトが用意したウェイター服に身を包んで、澄ました顔をしている。
事前に『接客は笑顔! 笑顔で!』と重ねて言われていたのだが、カナメ曰く、自分の笑った顔が好きでは無いのだという。だから作り笑いはしていない。
俺は家の仕事の都合で愛想を振りまくのには慣れているので、営業スマイルはばっちりだ。
ふと、女子生徒の話し声がテーブル席から聞こえてくる。
あの人優しそうでイケメン。でも、あっちの人もクールな感じでカッコいいよ。等と言う内容だ。
誰のことを話しているのだろうなどと悩む必要は無かった。
何故なら今この時間、ウェイターをやっているのは俺とカナメだけだからだ。
文化祭が始まってから、時計の長針が一周した頃、カナメが取り纏め役の女子に、そろそろ漫研の方に移動するという事を伝え、着替えを持って教室から出て行った。
それからまた暫く経って、俺もウェイターの仕事が終わったので校内をぶらついていた。
しっかし、本当に飲食店ばっかだな。飲食店じゃ無いのは文化部と美術科だけじゃ無いか。
一人で延々食べ歩きするのもつまらないので、生物部のハムスターと遊んだり演劇部の公演を観たりしていた訳なのだが、ふとある事を思い出した。
そう言えば、カナメが居るはずの漫研にまだ行ってないな。
文化祭合わせで会誌も作ると言っていたし、漫研内で、普段内気なカナメがどんな振る舞いをしているのかも気になる。
そんなことを考えている内に、俺の脚は漫研が借りている会議室へと向かっていた。
会議室に付くと、地味な雰囲気の男子生徒二人組とすれ違った。
すれ違いざまにこんな会話が聞こえてくる。
「漫研ってあんな美人居るの?
俺、入ろうかな」
「マジヤバイよな。
あの子は三次元だけど許せる」
一体どんな女子生徒が居るんだ?
二次元至上主義者に三次元でも許せると言わしめる程の美人、そんな話はカナメから聞いた事が無い。
でも、カナメ自体余り漫研の部員の話をしないしな……
少しの疑問を抱えたまま会議室に入ると、数人の女子生徒がメイド服を着て接客をしていた。
確かに、あんな服を着られたら一割増しでは見えるな。
そう思いながら女子生徒の顔を見ていると、先ほど噂になっていたとおぼしき子が居た。
丁寧に机の上に並べられた会誌の説明をし、購入希望者が居れば手際よく会計もする。
少し伏し目がちで澄ました顔をしているのだが、今までの会誌の感想を言われた時にはふわりとした笑みを見せたりもしている。
少し頼りなさげな瞳をした彼女の姿に、俺は射貫かれたような気がした。
中学の頃から数回経験はしているが、これは恋って奴だ。
俺はあの子に一目惚れしてしまった様だった。
近づいて話をしたい。入学してから今までの会誌は全部読んでるから、会誌の話だって出来るぞ。
そう思っても脚が竦んで動かない。
勇気を、今こそ勇気を!
そう自分に言い聞かせ、ようやく一歩踏み出した所で彼女の方から声を掛けてきた。
「あ、勤じゃん。いらっしゃい」
「え?」
聞き覚えのある声だ。
「あの……もしかして、カナメ?」
「うん、そうだけど?
やっぱ女装って引いちゃう?」
申し訳なさそうな顔をしている今のカナメは、どう見ても男には見えない。
敢えて言うなら胸が極端に平らだなとは思うが、文化祭と言うことで特別に許可されている化粧が施された顔は、まるっきり女子の物だった。
どうしよう。引いている訳でも無いし気持ち悪い訳でも無く、心底似合っていると思うのだが、素直にそう言うと茶化しているように、悪くすれば嫌味に聞こえるだろう。
だから俺は、上手く動かない頭を働かせ、おどおどしているカナメにこう言った。
「大丈夫、違和感ない」
するとカナメはほっとした表情をした後、口を尖らせる。
「じゃあ、勤と一緒に遊ぶ時、僕が女装してても恥ずかしくないって言える?」
その言葉と表情に、もう一本矢が刺さった。
「おうよ。
なにお前、俺と遊ぶ時女装したいのか?」
向こうが茶化してくるなら、こっちも茶化し返さないと持たない。
そんな事をしていたら、なんだか段々女装したカナメと一緒に歩いてみたい気もしてきた。
駄目だよ、なに考えてんだよ俺は。こいつは男だぞ?
カナメは女装した自分を見て引くかと訊いてきたけれど、俺の今の心境をこいつに聞かせたら、絶対俺の方が引かれるわ……
結局カナメとは友人以上の関係になる事も無く、なんかこう言うと俺が友人以上になりたいと思ってるとか思われそうだけどなる事も無く。夏休みに入りお盆や法事等の法要で忙しく過ごしていた。
カナメとはお盆周辺はずっと親戚の家に行ったり何なりで会う事は無かった。
そろそろカナメも親戚の家から帰ってくるかな? そんな頃合いに一件法事の予約が入っていた。
その家族の母方の法事なのだが、近しいと思われる親戚同士で集まっている中に見覚えの有る物を見つけた。
俺と同い年くらいの息子さんの左手がふと視界に入ったのだけれど、中指に控えめながらも輝いている光の輪が填まっていたのだ。
親戚なのか妹なのか、年の離れた女の子にお茶菓子の袋を開けてあげている彼。
髪の色も、瞳の色も、身長も違うのに何故かカナメの事を彷彿とさせる。
「おにいちゃんにもおかしあげる!」
「ありがとう。匠は良い子だね」
「悠希、お茶有るわよ」
「あ、お姉ちゃんもありがとう」
妹からお菓子を貰い、姉からお茶を貰う彼をぼんやりと見ていたら、背後に一瞬人影がちらついた。
まさか仏のテリトリーであるお寺の中に不浄の者が?
疑問に思った俺は意識を集中して彼の背後を霊視する。
すると、やはり背後になにやら憑いている。
背が高く、中世ヨーロッパ系の服を着ている男性が居るのだが、見た感じ怨念のような物は感じない。
敢えて言うなら妹や姉が側に寄ると、宿主の背後から抱きつき、密着するくらいだ。
これはスキンシップが過剰な守護霊の類いかな。そう結論づけ、その後は特に気にする事は無かった。
その法要の日から数日後、俺は久しぶりにカナメと会う事になった。
カナメ曰く、面白い写真が有るから見せたいとの事だったのだけれど、一体何なんだろう。
学校の最寄り駅で待ち合わせをし、駅から少し離れたファミレスに入る。
丁度お昼時なので、二人揃って一番安いハンバーグのセットとドリンクバーを注文した。
俺はアイスコーヒーを、カナメは例によって摩訶不思議ドリンクをドリンクバーから持ってきて、早速写真を見せて貰った。
「え? なにこれ?」
「同人誌即売会って言うのに漫研名義で参加してきたんだけど、その時に撮ってきたコスプレイヤーさんの写真だよ」
「俺の知ってるコスプレと違う」
カナメがにこにこしながら差し出した写真には、全身タイツを着込み顔にドーランを塗り、お子様達に人気のアニメキャラクターを強引に表現している物が写っていた。
これを見るのがコーヒーを口に含む前で良かった。そう思いながら肩を震わせている俺に、カナメは更に写真を出してくる。
そちらは普通なのだろうか、とにかく全身タイツでは無いコスプレイヤーが写っていた。
しかし凄いな。コスプレイヤーってこんなドレスや鎧を作る上に、うだるような炎天下で着るんだ。
よくよく見ると、この写真は俺も知っているゲームのコスプレだ。
そう言えばカナメもこのゲームが好きだったな。
お互い凄い凄いと言いながらコスプレの写真を見ている訳なのだけれど、ふとカナメが気まずそうな声を出した。
「あっ……」
「どした?」
不思議に思ったのもつかの間。カナメがさっと一枚の写真の上に手を置き、ずるずると引きずって持っていこうとしている。
もしかして。そう思った俺はにやりと笑ってカナメの手を押さえた。
「隠すなよ~。
そんな隠しごとされたら俺悲しい~」
「でもっ……恥ずかしい……」
「見せてくれないと恥ずかしい物かどうか判断出来ませ~ん」
「もうっ。わ、笑わないでよ?」
顔を真っ赤にしながらそう言い、カナメは隠していた写真をようやく見せてくれた。
するとそこには案の定、ピンクのワンピースにマントを羽織り、化粧までしてコスプレをしたカナメの姿が写っていた。
ふと文化祭の時の事を思い出し、甘酸っぱい気分になる。
本当に、なんでカナメは女の子じゃ無いんだ?
そんな事を言えるはずも無く、この服はどうやって調達したのかとか、この為に髪を伸ばしてたのかとか、当たり障りの無い話をする。
暫くそんな話をしている内に料理が運ばれてきて、俺達は食事をしたのだった。
食事が終わってもまだドリンクバーがある。粘れる。と言う事で暫く同人誌即売会とか言う物の話をしていたのだが、カナメがこんな話をした。
「そう言えば、他の高校の文芸部の人達とも会誌の交換したんだけど、凄く面白い小説書く人が居るんだよ」
「へー、本人には会ったのか?」
「ん~、読んだのが帰ってきてからだから、本人に会ったかどうかはわかんないや」
「何処の高校の人?」
「聞いた事無い学校だったけど、確か東京にある高校だって言ってた気がする」
一体どんな小説なのだろう。俺が気になると言うと、カナメはいたずらっぽい顔をして、実は持ってきてるんだ等と言う。
こう言った同人誌と呼ばれる物はあまりおおっぴらにしないのがマナーと言われている様なのだが、文芸部で出している創作物だったら問題ないだろうと思って持ってきたらしい。
早速カナメからその会誌を受け取る。
するとどこかで覚えのある違和感を感じた。
本のサイズに対して、存在感が大きいというか……
表紙の装丁もそんなに凝った物では無い。色紙の上等なやつに、黒インクでタイトルが刷られているだけだ。
不思議に思いながら取りあえず目次を見ると、厚さの割には執筆陣が少ない。
これだけ小説を書くのも大変だろうと思いながら執筆陣の名前を見ると、何となく覚えのある名前が有った。
『新橋 悠希』
この前うちで法事をやった方の親戚の名字も『新橋』さんだった気がするし、『ゆうき』と言う響きにも覚えが有る。
これは単なる偶然だろうか。
そんな考えを巡らせながら、何となくカナメの左手に目をやった。
借りた会誌を鞄の中に入れた後、今度は自分達の学校の漫研の話になった。
文化祭以降部員が増えたらしいのだが、カナメが難しそうな顔をして、ずっと抱えていた疑問を口にした。
「なんか、文化祭の時に居た可愛い子は誰って聞かれるんだけど、誰のことだかわからないんだよね」
「そうなん?
でも、部員全員集まる事あるだろ?
その時に確認すれば良くないか?」
「それが、漫研の部員って全員が揃う事は無いんだよね。
原稿出来上がってない人は来ないし。
僕は原稿落とした事無いから毎回集まりには出てるしメンバーを大体把握してるんだけど、そのメンバーの中からこの子かな? って子を紹介しても違うって言われるんだ」
「お、おう」
もしかして、もしかしなくても、その探されている『文化祭の時に居た可愛い子』はカナメなんじゃないだろうか。
あの時は可愛いメイド服を着ていた上に、化粧までしていて別人だったからな。
まさかお目当ての可愛い子が男だなんて、新入部員は思ってもいないだろう。
当の本人はその事に全く気付いていない様子。
これは黙って置いた方が良いのかな……
困惑する俺を余所に、カナメは溜息をついて話を続ける。
「それはそれとして、部員が増えたのは良いんだけど新しく入って来た人達、一人も締め切り守ってくれなかったんだよね。
やっぱり初心者で書き慣れてないと、守るのが難しい納期なのかなぁ」
「う~ん、俺、漫画も小説も書かないからその辺は判断しかねるわ」
「まぁ、僕も漫研って言ってるにもかかわらず毎回小説の原稿作ってるけど」
こいつ、本気で新しく入って来た部員が漫画を描く気で居ると思ってる。
でも、俺がとやかく言わなくても、可愛い子目当てだけで入って来た部員はその内勝手に振り落とされていくだろうな。
そんなこんなで高校生活も終わり、俺とカナメは別の道を歩む事になった。
俺は大学の仏教学部に、カナメは服飾科に進む事になった。
「これから会う事も少なくなるね」
「そうだな」
卒業式の日、二人で少しだけそんな話をした。
俺もカナメも進学先は東京なので東京で一人暮らしをする事になるのだが、東京は狭いようで広い。
今までのように毎日会うのは無理だろう。
カナメはそれが当たり前といった感じで受け入れているけれど、俺は寂しさを感じずに居られなかった。
なんだろう、俺、一年の時にカナメに一目惚れしたのまだ引きずってんのかな。
あの事もそろそろ笑い話で済むようにしないといけないのに。
いつものファミレスで二人で暫く話をした後店を出たら、目の前に分かれ道が広がっているような感覚がした。
それから更に数年。俺もそろそろ大学の卒論を提出しなければいけない時期になった。
高校の時からカナメがしきりに『締め切り厳守』と言っていたので、卒論は余裕を持って完成させられていた。
卒論を提出し、あとは教授の判断待ちというある日、いきなり目の前に何かが降ってきた。
何かと思ったら、スチャッと地面に降り立つ緑の石を敷き詰めたカエル。
「おう、久しぶり。カナメはどうしてる?」
俺がそう訊ねると、カエルは必死に訴えてきた。
「勤様、ご主人様を助けて!」
「え? 何が有ったんだよ」
俺に助けを求めるとなると、霊障とかそう言うのがカナメに出ているのだろうか。
そう思って詳しく聞くと、カエルはそうでは無いという。
「お電話! お電話してあげて! お願いケコ!」
「わかった」
何が有ったのかは全くわからなかったけれど、俺はすぐさま携帯電話でカナメのPHSに電話を掛ける。
すると、酷く気落ちした様子でカナメが電話に出た。
「あ、勤。久しぶり」
「よう、久しぶり。最近あんまり会ってないけど、会社の方どうだ?」
当たり障りの無い世間話から始めよう。
そう思って就職して一年程経った筈の会社の話を振った。
すると、カナメは鼻を啜りながらこう言った。
「会社、辞めちゃった……」
「え?なんでまた」
前に会った時、カナメは上司にも頼りにされていて、やりがいのある仕事だと言っていたので、辞めたというのが意外で仕方ない。
それで理由を訊ねたら、こんな答えが返ってきた。
少し前に社員同士の親睦を深めると言う事で、無礼講の飲み会をしたのだという。
その時に新人の芸というか見せ物としてカナメが女装させられたらしいのだが、問題は女装をさせられた事自体では無かった。
女装したカナメに目をつけた男の同僚が、何度も何度もセックスフレンドになれと迫ってきたのだという。
勿論そんな物になるのは嫌なので断り続けていたのだが、すると今度は、終業後無理矢理個室に連れ込んでは恫喝されるようになった。
そんな事が何度も何度も続き、その結果心を病み、会社に行く度嘔吐を繰り返すようになってしまい、今付き合っている彼女の紹介してくれた医者の指示で会社を辞める事になったのと、心の病が完治するまで就業は禁止すると言われたのだそうだ。
泣きながら話すカナメの言葉に、俺は怒り心頭になった。
自分勝手にカナメを弄ぼうとした挙げ句、ここまで傷つけた奴が許せない。
もしそいつが目の前に居たら、殺してしまうだろうという位腹が立った。
「彼女にも相談はしたんだけど、セックスフレンドになれって言われた事は流石に言えなくて、何処に吐き出したら良いのかわからなくって……」
電話の向こうで泣きじゃくるカナメに、俺はどう声を掛けたら良いのかわからない。
下手な慰めも、余計傷つけるだけだろう。
俺はただただ、カナメの話を聞き続ける事しか出来なかった。
それから数日後。俺の元に除霊依頼が入ってきた。
依頼主は至って普通のサラリーマン。
彼は最近、身の回りで不気味な水音が聞こえるのだという。
水音が聞こえるだけでは無い。身の回りの物が不自然に濡れていたり、濡れた足跡が残っていたりするそうなのだ。
早速彼の事を霊視すると、背後に濡れた人影が見えた。
これは憑かれているな。そう思った俺は、まずその霊に何故彼に憑いているのかを訊ねた。
すると霊からはこう返ってくる。
「こいつは俺の宿主を、学生時代に虐げていた。絶対に許せない」
ううむ……守護霊的な物が宿主を守ろうとこう言う手に出ているのか。それなら少し説得すれば帰ってくれるな。
俺が霊を説得しようと念を送ろうとした矢先、霊がこう言った。
「この前も、こいつは同僚を虐げて傷つけていた。こいつは居ない方が良い」
なんか似たような話を少し前にカナメから聞いているが、関係はあるのだろうか。
確認を取るために、俺は依頼主に質問をする。
「失礼ですが、学校や職場でいじめなどをしていた事はありませんか?」
「いえ、とんでもない。そんな事はしていませんよ。
ただ、職場の方では勤務態度を注意した同僚が辞めていったばかりですが」
彼の言葉に、霊の怨念が増す。
ふむ、彼のこの態度では、除霊をしてもまた憑かれるな。
そう判断した俺は、霊の方に、何とか彼を説得して態度を改めさせるからと言い聞かせた上で、彼に言う。
「そうですか。
ただ、注意の仕方がきつすぎたのかもしれませんね。もっとやんわりと伝えられるように心がければ、改善すると思います」
俺の言葉に彼は釈然としていない様子だが、金にもをのを言わせる程の財力は無いのだろう。渋々と頷く。
それを確認した上で、俺は霊の方にも念を送る。
そう言う訳で今回は許してやってくれと。
すると、ずぶ濡れだった霊が少し姿を変えた。
水分が飛んだというか、乾いた。
霊のその姿に、なんだか見覚えが有る。
中世ヨーロッパ系の服装で、背が高くて……
思い出した、高校の時、誰かの法事で見掛けた守護霊だ。
霊はおどろどろしさは消えた物の、厳しい顔つきで俺に言った。
「そう言うのなら、今回は大目に見てやろう。
けれども、次は無いぞ」
こんな奴の次は無くて良いです。と心のどこかで思いながら、霊が宿主の所へと帰ったのを確認する。
「あなたに取り憑いていた霊は、どこかへと姿を消しました。
善く、正しく生きていく分にはもう大丈夫でしょう」
俺の言葉に、彼は頭を下げ、除霊料を払ってこの場を後にした。
それから数日後、カナメの事が心配だったので二人で会う約束をしていた。
喫茶店で、初めのうちはたわいの無い話をしていた。
カナメは、彼女の助けも有ってか幾分気持ちを持ち上げる事が出来ているようだが、それでも高校の時と比べて沈んでいる印象は拭えない。
二人でコーヒーとお茶を飲みながら談笑していると、突然カナメのPHSが鳴り出した。
彼女から着信かな? と俺は思ったのだが、どうにも丁寧語を使って話している。
段々冷たい表情になっていくカナメ。
通話を切るなり、カナメはこう言った。
「僕が会社を辞める原因になった人が、亡くなったって」
突然すぎる話に、思わず戸惑う。
詳細を聞いてみると、いつまで経っても出社してこないのを不審に思った同僚が亡くなった人のアパートを確認しに行ったら、そこで死んでいたらしい。
ただ不思議な事に、水気も無い部屋だったのにもかかわらず、遺体がずぶ濡れだったという。
もしかしてこれは、先日除霊依頼をしてきたあのサラリーマンか?
そうは思っても守秘義務があるし違った場合非常に気まずいので、確認を取る事は出来なかった。
大学も卒業してだいぶ経ち、俺はお寺の手伝いをしながら本格的に退魔師として活動をする事になった。
とは言っても、まだまだ駆け出しだし知名度も無いしで半分無職のような物だ。
そんな感じで学生時代よりも時間にゆとりが出来ていた。
除霊の依頼を一件片付けたあと、何気なく携帯電話を見てみると、カナメからメールが来ていた。
暇な時に電話くれってなってるけど、今暇だし早速かけてみるかな。
「もしもし、カナメ、何の用?」
すぐに電話に出たカナメにそう問いかけると、今度彼女を紹介したいから一緒に会わないか。と言う話だった。
そう言えばカナメの彼女って会った事無いな。
だいぶ前に、カナメに彼女が出来たと聞いた時は凄く複雑な気持ちになったのを覚えている。
何時までもカナメの事を独り占め出来るって、俺は思っていたからかもしれない。
でも冷静になると、独り占めしてどうするんだとか色々ツッコミどころは有る訳で。
照れながら、でも嬉しそうに彼女の事を話すカナメに、やっぱりこいつは男なんだって思った。
カナメが女の子じゃないのは何故なんだと、悶々としていた俺が恥ずかしくなったっけな。
あれ以来、俺はカナメと出会った本当に初期の頃のように、気の合う男友達としてカナメと接する事に疑問を持たなくなった。
改めて初心に返らせてくれたカナメの彼女には是非会ってみたい。
「なに? 可愛い彼女を俺に見せたいの?」
「えへへ、わかった?」
「お前そんな事言って、彼女が俺に取られたらどうするんですか~?」
「勤はそんな事しないって信じてるから、大丈夫だよ」
「おっ、俺の事そんなに信用してるの?」
高校の時のような雰囲気で話をしていると、カナメがおずおずとこう言った。
「……それでね、その時に僕、女装していきたいんだけど、良いかな?」
その言葉で頭によぎったのは、高校一年の時の文化祭。
あの姿がまた生で見られる。
カナメが男だって言う認識が改めて出来て暫く経っては居るし、彼女同伴だと言う事がわかっていても、女装したカナメと一緒に街を歩けると言う事に期待が膨らむ。
「俺は一向に構わないぞ。
それより彼女がなんて言うかじゃないか?」
「彼女と一緒にデートする時は、大体女装してるから」
女装したカナメとデートだなんて、思わず一瞬カナメの彼女に妬いてしまった。
いやいやいや、だからカナメは男なんだって。
熱くなってきた顔を手で扇ぎながら話を続ける。
余計な話をちょくちょく入れつつ、俺達は今度会う日の段取りを決めたのだった。
待ち合わせは高級ショッピング街の一角だった。
この辺りも仕事で来る事は有るけれど、私用で来るのは初めてかもしれない。
大きな交差点に面したデパートの前で待っている訳なのだが、例によって早く着きすぎてしまった。
そんな一時間も早く来るとか、俺どんだけ期待してるんだよ……
しかしそれでも待ち時間三十分程でカナメ達はやってきた。
遠目で見ただけだと、なんだか可愛くてフリフリした服を着た女の子の二人組が居るなぁ。という感じだったのだが、その内の片方が手を振りながら近づいてきたので判別出来たのだ。
「勤、久しぶり」
「おう、久しぶり。この子が彼女?」
「うん、そうだよ。
美夏、この人が僕の友達の勤だよ」
カナメがそう彼女に俺の事を紹介すると、彼女が上品に頭を下げて、自己紹介をする。
「初めまして、カナメとお付き合いしている小久保美夏と申します。
今後ともよろしく」
「あ、初めまして。
寺原勤って言います。いつもカナメがお世話になってるみたいで」
「いえいえ、私もカナメになんだかんだで支えられていますし」
そんな当たり障りの無い挨拶をしながら、カナメと美夏さんを交互に見る。
うう……可愛い……
美夏さんも可愛いと言えば可愛いのだが、何だろう、見慣れているせいもあるのか思い出補正が掛かっているのか、カナメが、じっと見つめる事が出来ないくらい可愛い。
カナメの事を見ていたいけれど見つめていられない。そんな訳で視線を泳がせながら三人で話しているのだが、カナメがこんな事を訊いてきた。
「どうしたの?
落ち着いてないみたいだけど、緊張してる?」
心配そうな顔をするカナメの言葉に、俺は思わずこんな事を口走る。
「いや、すっごい可愛いと思って……」
しまった、つい本音が出た。
真意が知られないかどうかひやひやしていると、カナメが笑って口をとがらせ、美夏さんの腕に抱きついてこう言った。
「可愛いでしょ。でも、僕の彼女だからね」
だからそう言う表情と反応をするお前が可愛いんだって。
「わかってるって、横取りしたりしないから安心しろよ」
少しぎこちなく笑って、これから何処に行くかなんて話をする俺の頭にカナメに憑いているカエルが飛び乗ってくる。
何かと思って居たら、さすさすと俺の頭を撫でながらこう言った。
「鈍感なご主人様でごめんね」
今更だし気にするな。そう念を送ると、カエルはケコッと鳴いた後、再びカナメの元へと戻っていった。
待ち合わせの後に向かったのは、大通りから一本入った所に有る、高級そうな紅茶専門店。
そこでランチを食べてお茶をしようという事になった。
ここの紅茶は種類がいっぱい有るし、どれも美味しいとカナメと美夏さんは言っているが、銘柄一覧を見ても何が何だかわからない。
普段紅茶なんて飲まないからなぁ。
「どの紅茶がお勧めなん?」
そう二人に訊くとこう返ってきた。
「僕はスモーキーアールグレイとか好きだけど」
「燻製系は一般受けしないでしょ。
私のお勧めは、癖の無いマーガレットホープですね」
そう言えばカナメってやや悪食の気があるんだよな。ここは美夏さんのお勧めを素直に頼んだ方が良さそうだ。
そんなこんなでメニューを決め、店員さんを呼んだのだった。
なんか妙に豪華だったランチメニューも食べ終わり、食後にゆっくりと紅茶を飲んでいる。
紅茶って馴染み無かったけど結構美味しいな。美夏さんの見立てが良かったのだろうか。
カナメは先ほど言っていたスモーキーアールグレイというのを注文していたけれども、うん、なんて言うんだろう、微かに香ってくる匂いで、カナメのお勧め通りにしなくて良かったなんて思ったり。
雑談をしている内に、仕事の話になった。
カナメは今は家族の仕送りと障害者年金で生活しているそうなのだが、美夏さんの職業を聞いて唖然とした。
まさか、まさかだよ?友人の彼女が軍属で、結構上の方の地位だなんて思う訳も無いじゃ無いか。
「偶に国外のいざこざで出張する事があるんですけれど、それ以外は割と自由な時間が多いんですよ」
国外のいざこざって、それなんかすっごい命に係わりそうなんだけど?
けれども、そんな危険な仕事に文句を言う事も無く、日本国を守れる事と、他の国の手助けを出来る仕事に誇りを持っている美夏さんを見て、彼女にならカナメを任せても良いかなと思った。
その内に俺の仕事の話になり、何処まで話して良いかどうか悩んでしまう。
実は退魔師をしていると言う事はカナメにも話していないのだ。
少し考えた後に、こう答える。
「俺は実家がお寺で、法要とかそう言うのがある時に手伝いをしてるんですよ。
あ、でも最近は卒塔婆の文字もプリンターで刷れるようになったし、その仕事が無くなっただけでも結構楽かな?」
「そうなんですか。
卒塔婆の文字を書くのって、今まで大変だったでしょう?」
そんな感じで退魔師の話は出さずに済み、その日は三人で楽しく過ごす事が出来た。