午後になり、比較的落ち着いてきた救急外来で、昼食は出前のカレーを頼んだ人が優先。
さすがにカレーは冷めたら美味しくないからと、弁当持参組やコンビニのおにぎり組は後回しになった。
午後3時。
「杉本さん、お昼どうぞ」
やっと彼女にも声がかかった。
「ありがとうございます」
休憩室へ消えていく後ろ姿。
5分後。
「遅い昼食だね」
俺もコンビニのおにぎり片手に休憩室へやって来た。
「ええ、まあ」
さすがにこの時間の休憩室には誰もいない。
「先生もお昼ですか?」
「うん。タイミングを逃してね」
「そうですか?」
「大丈夫?」
「へ?」
「いや、師長に叱られてたみたいだから」
「はあ・・・。先生はいつも大丈夫かって聞きますよね」
「そうかなあ?」
「私が大丈夫じゃないって言ったら、どうするんですか?」
なんだか挑んでくるような口調だ。
「そうだなあ、食事に誘って、美味しいものを食べさせて、愚痴を聞いてあげる」
「ふーん。でも、そんなことしてたら体がいくらあっても足りませんね」
「そうかなあ、そんなことするのは気になる子限定なんだけれど」
「・・・」
返事をすることなくお弁当を広げる杉本さん。
「どう?今日仕事が終わったら食事に行かない?」
「・・・私に言ってます?」
「ここには今、君と僕しかいないね」
「すみません」
「そんなに警戒しなくても大丈夫だよ。今日は夕食だけで、ちゃんと家に送るから」
「すみません、約束があるんです」
「彼氏?」
「いいえ」
「じゃあ、誰と?」
「えっと・・・」
困ったなって態度に出てる。
さすがに傷つくな。
「言い訳を考えるほど嫌なの?」
「いえ、そうではなくて・・・」
「じゃあ何?」
「先生、あの・・・」
コトン。
弁当と箸をテーブルに置いた。
「私、娘と2人暮らしなんです。今日は娘と買い物の約束がありまして」
「えーっ」
思わず大きな声が出た。
「声が大きいです」
「ああごめん。結婚してるの?」
「いいえ」
「じゃあ・・・」
「結婚も離婚もしていません」
「じゃあ・・・」
「シングルマザーです。ちなみに、彼氏もいません、他に何か質問は?」
「いや、えっと、えっと」
あまりにも意外で、何を聞いたらいいのかわからない。
「先生、食べましょう。時間がもったいないです」
「ああ、そうだね」
彼女が無理して明るくしているのはわかった。
俺だってショックだったわけではない。
ただ驚いた。それだけ。
突然すぎて、うまく言葉が出なかった。
「先生はおにぎりだけですか?」
「ああ、時間がなかったから」
「良かったら食べます?」
彼女が弁当箱を差し出した。
「いいの?」
「ええ、卵焼きしかありませんけれど」
「ありがとう」
彼女の卵焼きはお醤油と砂糖で味付けされたものだった。
家で母さんが作るだし巻き卵とは違って、甘くてしょっぱい味がした。
「うまいよ」
「そうですか?これでも母ですから」
そうか、彼女は母親なんだな。
「竹浦先生」
二つ目の卵焼きに手を伸ばした俺を彼女が呼んだ。
「何?」
「私に声をかけないでください。先生は人気があるから、これ以上余計なひがみを買いたくもありません」
「そんな事、気にする必要ないだろう」
「でも、嫌なんです。それに、私と先生では似合いませんから」
「だから、それは俺が決めることで」
「それに、私は娘と生活していくことで精一杯なんです。かまわないでください。お願いします」
珍しく、彼女が笑ってみせた。
その日から、どれだけ声をかけても仕事以外の話は無視された。
どうやら嫌われてしまったらしい。
でも、一旦走り出した気持ちは簡単には止められない。
必死に作り笑いをする彼女の顔と、甘くてしょっぱい卵焼きの味は俺の中で消えることはなかった。
さすがにカレーは冷めたら美味しくないからと、弁当持参組やコンビニのおにぎり組は後回しになった。
午後3時。
「杉本さん、お昼どうぞ」
やっと彼女にも声がかかった。
「ありがとうございます」
休憩室へ消えていく後ろ姿。
5分後。
「遅い昼食だね」
俺もコンビニのおにぎり片手に休憩室へやって来た。
「ええ、まあ」
さすがにこの時間の休憩室には誰もいない。
「先生もお昼ですか?」
「うん。タイミングを逃してね」
「そうですか?」
「大丈夫?」
「へ?」
「いや、師長に叱られてたみたいだから」
「はあ・・・。先生はいつも大丈夫かって聞きますよね」
「そうかなあ?」
「私が大丈夫じゃないって言ったら、どうするんですか?」
なんだか挑んでくるような口調だ。
「そうだなあ、食事に誘って、美味しいものを食べさせて、愚痴を聞いてあげる」
「ふーん。でも、そんなことしてたら体がいくらあっても足りませんね」
「そうかなあ、そんなことするのは気になる子限定なんだけれど」
「・・・」
返事をすることなくお弁当を広げる杉本さん。
「どう?今日仕事が終わったら食事に行かない?」
「・・・私に言ってます?」
「ここには今、君と僕しかいないね」
「すみません」
「そんなに警戒しなくても大丈夫だよ。今日は夕食だけで、ちゃんと家に送るから」
「すみません、約束があるんです」
「彼氏?」
「いいえ」
「じゃあ、誰と?」
「えっと・・・」
困ったなって態度に出てる。
さすがに傷つくな。
「言い訳を考えるほど嫌なの?」
「いえ、そうではなくて・・・」
「じゃあ何?」
「先生、あの・・・」
コトン。
弁当と箸をテーブルに置いた。
「私、娘と2人暮らしなんです。今日は娘と買い物の約束がありまして」
「えーっ」
思わず大きな声が出た。
「声が大きいです」
「ああごめん。結婚してるの?」
「いいえ」
「じゃあ・・・」
「結婚も離婚もしていません」
「じゃあ・・・」
「シングルマザーです。ちなみに、彼氏もいません、他に何か質問は?」
「いや、えっと、えっと」
あまりにも意外で、何を聞いたらいいのかわからない。
「先生、食べましょう。時間がもったいないです」
「ああ、そうだね」
彼女が無理して明るくしているのはわかった。
俺だってショックだったわけではない。
ただ驚いた。それだけ。
突然すぎて、うまく言葉が出なかった。
「先生はおにぎりだけですか?」
「ああ、時間がなかったから」
「良かったら食べます?」
彼女が弁当箱を差し出した。
「いいの?」
「ええ、卵焼きしかありませんけれど」
「ありがとう」
彼女の卵焼きはお醤油と砂糖で味付けされたものだった。
家で母さんが作るだし巻き卵とは違って、甘くてしょっぱい味がした。
「うまいよ」
「そうですか?これでも母ですから」
そうか、彼女は母親なんだな。
「竹浦先生」
二つ目の卵焼きに手を伸ばした俺を彼女が呼んだ。
「何?」
「私に声をかけないでください。先生は人気があるから、これ以上余計なひがみを買いたくもありません」
「そんな事、気にする必要ないだろう」
「でも、嫌なんです。それに、私と先生では似合いませんから」
「だから、それは俺が決めることで」
「それに、私は娘と生活していくことで精一杯なんです。かまわないでください。お願いします」
珍しく、彼女が笑ってみせた。
その日から、どれだけ声をかけても仕事以外の話は無視された。
どうやら嫌われてしまったらしい。
でも、一旦走り出した気持ちは簡単には止められない。
必死に作り笑いをする彼女の顔と、甘くてしょっぱい卵焼きの味は俺の中で消えることはなかった。